第26話 マネージャーといっても、いわゆる部活の女子マネじゃない

 なんというか、鈴木副工場長の口調からすると、俺がこの製麺工場で働くのは既定路線らしい。


 俺の本人の意思を無視してすっ飛ばして勝手に決めてんじゃねえよ、という気持ちが自分の赤い心臓の半分を占める。じゃあもう半分は? というと、そちらは白い冷静さがきちんと落ち着いたままをキープしている。よく分からないけど、とにかく働けることは確定しているらしいから、流れに乗るだけだ。労働条件とか、ヤバそうなものを提示された時には対応を考えればいい。


「で、具体的な業務の内容については、こちらの亀山マネージャーの下で働いてもらうことになるので、亀山マネージャーの方から説明してもらいます」


 そう言われたので、俺の正面に座っている鈴木副工場長から、斜め前に座っている亀山マネージャーの方に視線を移した。


 この人が俺の直接の上司、ってことになるらしい。……自分より年下の、たぶん半分くらいの年齢の女性の部下ってことになるのか。


 少し抵抗というか、心に引っかかってしまう部分を感じてしまったけど、それは俺がアラフォーのオッサンであるからには仕方ないだろう。昭和時代から続く価値観の残滓が、俺らの世代には辛うじて残っているのだ。年功序列が破壊されても、年上にはついつい従ってしまうし、年下にあれこれ指示されることには、どうしても慣れない部分がある。


「こちらの資料で説明します。これが工場の見取図になります。といってもフォークリフト運転手に関わる部分だけですが。それ以外の区画については、食品を扱う工場ということで無闇な立ち入りは禁止されています。こちらの注意書きは差し上げますので、後できちんと読んで理解しておいてください」


 亀山マネージャーは俺に対して数枚の紙を提示した。確かに略図と一緒に小さな写真も掲載されている。そこに小さめの文字で細かく注意書きが書かれているようだ。


 うわー、なんか、細かいことにうるさそうだなあ。


 それでも、書面を使っての説明というのは、口頭よりは、ありがたいかもしれない。口で言われたことなんてすぐに忘れてしまうし、後で言った言わないの水掛け論になってしまうパターンも多い。


「大切なことは、地上階でのことはともかく、地下のことは重大な機密事項です。くれぐれも情報漏洩の無いようにお願いします。魔法学園の地下が製麺工場になっていること自体も機密条項ですので、他者に漏らしたりしないように」


 亀山マネージャーは、亀の甲羅のように固い表情と声で警告する。


 なんなんだ? 製麺工場の存在自体が機密なのか? どういうこっちゃ? そういうレベルで考えれば、俺が元居た現実日本における両国国技館の地下焼鳥工場の都市伝説なんかは、漏れちゃいけないものが漏れちゃったパターンじゃないのかな。


 だけど、ここは現実の日本じゃない。


 現実の日本と大部分類似しているものの、異世界だ。魔法も存在する。だから現実の日本とは違った機密事項もあるということだろう。


 魔法学園の地下、ということを考えたら、製麺工場に偽装して魔物を封印した結界になっている、とか、そんな感じじゃないのかな。だとしたら、製麺工場の存在を他者に無闇に喋っちゃいけない、というのも理解できないではない。


 俺は、この工場に来たばかりだし、工場側から見れば、本当に信頼できる奴かどうかは、現状ではまだ不明だろうからな。俺に対しても工場の正体については秘密ということなんだろう。それは仕方ないし、当然と言えば当然だ。


 寧ろ俺としても、そんな厄介な秘密は知らない方がいい。現実日本にも、なんでも知りたがるワイドショー好きのオバサンとかが居たけど、芸能人の不倫スキャンダルとか知ってどうするんだ。殺人事件で身内が殺されてしまった遺族に対して多数のリポーターが押しかけて心境を聞きに行く必要があるとは思えない。


 知る必要の無いことは、知らなくていい。


 だから、俺も深く考えるのは、やめておこう。


 魔法学園の地下に製麺工場がある。


 妙な立地ではあるが、異世界の大人の事情によるものらしい。そういうもんだと思っておこう。


「それで、労働の条件というか待遇ですけど、既に聞いておられると思いますが、旭川西魔法学園の相撲部監督の仕事と兼務ということでお願いします」


 真面目な顔をして、亀山マネージャーはあり得ない条件をあっさり口にした。


 マジですか。やっぱり相撲部監督もやるんですか?


「勤務は朝8時から。なので、それ以前には出勤して、着替えや機材の準備などを整えておいてください。昼休みは12時から1時間」


 まあ普通だな、と思いながら、斜め前に座る亀山マネの口の動きをぼんやり眺めながら聞く。亀山マネージャー、目つきは厳しいけど、よく見ると肌もきれいで唇もふっくらとした感じで、なかなかの美人じゃないか。そう認識すると、ちょっとドキっとしてしまった。


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