第23話 健康で文化的な最低限度の生活

「それで、条件は? ブラック企業は勘弁だぜ。ちゃんと土日は休めて、有給休暇もあって、残業代がちゃんと出て、でも過労死するほどの残業時間じゃなくて、社会保険労災退職金共済などもちゃんと整備されている所じゃないと、行きたくないぞ」


「当たり前でしょ。どこの国の話をしているのよ」


 日本の話に決まっているだろうが。


 でも、俺がいた現代日本と、トラックにひかれ死んでから転生してやってきたこの世界の日本とでは、何かと違う部分もあるようだ。労働関係も、諸々条件が違うのかもしれない。


「その製麺工場とやらは、どこにあるんだ?」


 旭川市と一言で言っても、かなり広い。


 それこそ、蕎麦しか育たない寂寥荒野の郡部である江丹別だって行政区画で言えば立派な旭川市だ。


 遠い郊外だったら、通勤が面倒だから困るぞ。


 それ以前の話として、俺の家は無いって、女神さまのお言葉が無かったか? どこから通うんだ? 俺はどこに寝泊まりするんだ?


 衣食住は生活の基本。これがしっかりしなければ、日本国憲法で謳われている、健康で文化的な最低限度の生活、を確保できたとはいえない。


 そして。


 ここで。


 俺は、予想外の爆弾発言を聞くことになる。


「製麺工場は、ここよ」


 クロハはそう言って土俵の上から、真下に向かって指を差して示した。


「ここ?」


「ここ」


 まるで鶏の会話だな。俺は鶏ガラスープではなく豚骨スープのラーメンが好きなんだ。


 冗談は顔だけにしてくれよハニー。


 思わずアメリカンコメディに登場するファンキーな黒人キャラのような口調になってしまうところだったじゃないか。


 ここは学校だ。俺の母校の西高、じゃなくて、魔法学園。


 魔法を教えるだけじゃなく、ラーメンの麺も作っているのかい?


「旭川西魔法学園の地下はね、巨大な製麺工場になっているのよ」


 マジか? 転生者である俺がこちらの世界に慣れていないからといって、荒唐無稽な冗談を言って、担ごうとしている?


 と、猜疑心がジャガイモの芽のようにニョキニョキ生えてきたけど、クロハの表情は真面目だった。


「必要なことだし。実際に工場へ案内するからついて来て。工場の責任者にも会ってもらうから」


「え? 何それ? もしかして今から採用面接、みたいな感じ?」


 リクルートスーツなんか着ていないぞ。冬用の厚手のトレーナーだ。今は脱いでいるけどその上には風神雷神柄のスカジャン纏っていたし。ついでに言えば下半身は、恵水と相撲を取るためのまわしを今もまだ解かずに巻いたままだ。


「服装は気にしなくていいから。どうせ現場労働者なんだし、仕事でスーツ着る機会なんて無いでしょ」


「いや、スーツは着なくても、まわし巻いたままは、いくらなんでもヤバいだろう。俺も落ち着かないから、解いていいか?」


「まあ、確かにまわし姿のまま、あちこちうろつかれても相撲部の評判にかかわるから、さっさと解きなさい」


 なんか偉そうに命令されているような気がしてならない。でもまあいいか。女子高生ではなく、女神に言われているのだと思えば、さほど腹も立たない。


 クロハの助けを借りてようやく、まわしを外した。腰回りの締め付けが無くなったことにより、ようやく自由を取り戻したような気がする。


 恵水はというと、俺がまわしを外している間に、どこからともなくスコップを持ってきていた。剣先スコップだ。それを、土俵の俵の近くに突き刺し、土を掘り起こそうとする。腕の力だけではあまり深く土に刺さらないことに気づいたのか、一旦土俵から降りて靴を履いて再び土俵に上がる。剣先スコップを土に刺すと、右足の底で踏み込む。


「おいおい、恵水は何をやっているんだよ?」


「だからさっき言ったでしょ? 男子禁制、女の聖域である土俵に例外的に男が上がったのよ? 一度お祓いをして汚れを清めるために、解体するのよ」


「それ、マジでやるのか? 重労働だろう」


「だけど、やらないわけには行かないでしょう。確かに力仕事だけど、これも相撲が強くなるための鍛錬だと思えば、なんとかなるわよ」


「工場を見に行くのが終わったら手伝おうか?」


「バカなの? 女の聖域である土俵を作り直すって言っているのよ? 男に手伝ってもらったら意味が無いでしょ」


 それもそうか。にしても、バカは言い過ぎじゃないだろうか。せっかく親切で申し出たのに。


「でも手伝おうとしてくれたことには、素直に感謝します。土俵の作り直しのことなら気にしなくていいから、工場の方をしっかり見てきて。生活のための収入をしっかり確保しないと、安心して相撲の指導ができなくなっちゃうからね」


 ほう。俺は、何かとこっちに対してつっかかってばかりの恵水という女の子を少し見直した。他者の親切に対して素直に感謝を示すことができるのは良いことだ。


 それに、今の口振りだと、男の俺が土俵に入るのはあくまでも例外措置ということで原則認めるつもりは無さそうだけど、俺の相撲の実力は認めて、今後相撲部監督として指導することを受け入れているようだ。


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