(14)悪役令嬢の晴れ舞台!


 次の日、主だった貴族のほとんどが大広間に集められた。


「何だ、今日の召集は?」


「さあ。陛下が重大な発表をするから、全ての貴族に来るようにと言われたそうだが……」


 首を捻りながら話しているのは、王室省の大臣だ。並んで会話している工務省の大臣も、訝しそうに顎鬚を撫でながら大広間に入っていく。


 大広間の中は、もう集められたオリスデンの貴族で一杯だった。


 軍務省、法務省、商務省などの名だたる高官が並び、名家と言われる貴族は全員集まっている。文官の長衣と騎士達の紺と白の軍服が広間にひしめき、一緒に出席するように言われた夫人や令嬢の華やかなドレスが、広間で軽やかに動いている。


「陛下、だいぶ集まってきたようです」


 隣の休憩用の小部屋から覗いていた大広間の様子を、ディーナは振り返ると椅子に座ったままの王に伝えた。


「ああ……」


 けれど、王は乗り気ではない表情だ。


(仕方がないわよね。陛下にしたら、きっと口にされるのも恐ろしいことだもの……)


 けれど昨日考えた方法以外に、今の事態を打開する手を思いつかない。


 だから、眉をよせながら溜息をついている王の様子を、ディーナは痛ましそうに眺めた。


「陛下――」


(なんと言ったらいいのかしら……)


 きっとうまくいく。イルディまで助言して、場を用意してくれたのだから大丈夫だと思う。けれど、絶対ではない。


(どうにかして、陛下がアグリッナ様とお幸せになれるようにできたらいいのだけれど……)


 だから、少しでも励まそうと、苦悶している肩に手を伸ばそうとした時だった。


「アグリッナ様!」


 大広間から聞こえてきたきた声に、少しだけ開いている扉の隙間を振り返る。すると白いドレスを翻したアグリッナの側に、ルディオスが駆け寄っているではないか。


「あいつ……!」


(本当に一瞬でも隙があれば、油断できない!)


 けれど、覗いている扉の向こうで、ルディオスはアグリッナの両手を持つと嬉しそうに話している。


「今日はお一人なのですか? 陛下のお具合はいかがでしょう?」


「だいぶ良くなられたと聞いております。昨日は、私が何日も寝ていないから疲れているだろうと、部屋で休むように言われたのですが……。今朝は、朝食もいつも通り召し上がったとお聞きしております」


「おお! それはよかった! アグリッナ様も、今回は側近の方が疑われて大変でしたね」


 ルディオスの明るい表情に、アグリッナが微笑んだ。


「はい、信頼している相手なだけに大変でした。でも、無事、無罪が示されてよかったです」


「でも、これからも似たようなことがあったら大変でしょう? 犯罪ではなくても、急な用事で長期休みとか――。特に、イルディ殿は、父君が宮中の政争に巻き込まれないために早くに引退されたから、たくさんの兄弟達の面倒をみるのに大変だと伺ってますし」


「そうですが……。でも、彼に代わる人物も、すぐには見つかりませんし」


 細く笑っている。けれど、困っているアグリッナの手をルディオスはがしっと握った。


「だから! 俺をアグリッナ様の相談役にしてください!」


「え!? ルディオス殿を!? でも、ルディオス殿はまだオーリオの大使に仕えておられますし――」


「そうですが、アグリッナ様が心配なのですよ! 相談役として、これからも色々とお助けできたら嬉しいんです!」


「あいつ――よくも、ぬけぬけと……」


 扉の隙間から見つめていたディーナが、強く唇を噛んだ。


(どうあっても、アグリッナ様から離れる気はないらしい)


「あの男は、ドレスレッド侯爵と組んでニフネリアを推しているのではなかったのか?」


 ディーナの頭上で扉の隙間を覗きながら、王が不思議そうに呟いている。


「そうですが……。きっと、いざという時の安全牌としてアグリッナ様のお側にいることも残しておきたいのでしょう。アグリッナ様が王妃となり、ニフネリアを寵姫にする。もしくは、アグリッナ様を失脚させて、ニフネリアを王妃にする。どちらに転んでもルディオスにとって、損はありません。それに必要となった時に、アグリッナ様を嵌めるためにもお側にいる方が好都合なのでしょう」


(きっとドレスレッド侯爵にも、アグリッナ様を嵌めるためと話してあるのだろう)


 今覗いた大広間にはドレスレッド侯爵もいるが、話している二人の様子を白い長い髪を撫でながら、ただじっと見つめている。


 理解できないのは、ニフネリアのようだ。


 不審そうにアグリッナとルディオスの様子を見つめているが、ドレスレッド侯爵から何事かを囁かれて、納得したような顔に変わった。


 けれど、二人の横に以前見たダーネの姿はない。


 きっと、寵姫候補でニフネリアに負けたことで、今は宮廷に顔を出したくないのだろう。


「行こう」


 けれど、ルディオスがアグリッナに笑いかける姿に、王がディーナの手を取った。


 そして、扉を閉めて小部屋を出ると、大広間ではなく別の扉から一度通路に出る。


 王の御なりに侍従達が、左右から大広間の扉を開く。


 正面の窓ガラスから入ってくる明るい光を全身に浴びながら、ディーナは腕を組む王の顔を見つめた。


 開かれた大広間に並ぶ貴族達を見回す今の王の顔に、もう迷いの色はない。


(陛下……)


 心の中で何かが吹っ切れたのだろう。


 王のあれだけの迷いを消したのが、さっきのルディオスとアグリッナの様子なのは間違いがない。


 だから少し心配しながら見上げたのだが、王は、まっすぐに顔を上げ続けている。


「陛下、ご無事そうで……」


 ほっとしている老婦人の声が聞こえてくる。


「だけど、ずっと看病していたのはアグリッナ嬢ではありませんでしたの?」


「一緒にいるのは陛下の毒殺を企んだと疑われた女性ではないか。そんな女性を、ずっと心配していた婚約者のアグリッナ様を差し置いて伴うなど……」


「しかも、貴族を集めた前で、あんなに堂々と手を組まれるなんて」


 非難をこめた眼差しが、一斉にディーナに注がれる。


(いいわ。この調子よ)


 実に待ち望んでいた眼差しだ。いつもは、面白半分にアグリッナを攻撃する視線が今は矛先を変えて自分に向けられている。――その根拠は、大恩あるアグリッナへの裏切り。


 これでいい。この視線達がディーナを攻撃する限り、彼らにとってアグリッナは、裏切られた可哀想な令嬢だ。


(そして、もっと哀れな存在になる)


 だから、計画を果たすために、ディーナは百花が咲いたようだと讃えられる笑みを王に向けた。


 そして艶めかしいと言われる手つきで、王の腕にこれみよがしに白い手を絡ませる。わざと際どいところまで胸を露出させたドレスを着ているのも、戦略だ。


 騙した男達の誰もが喉を鳴らした肢体をあますことなく布地の下から浮かび上がらせ、あまりのはしたなさに顔をしかめているご婦人達の前を、ディーナは艶麗な笑みと共に通り過ぎていく。


 歩く王に向かって笑みを投げると、王が慈しむような視線でディーナに微笑んだ。


「まっ……!」


 二人の様子に、年配の婦人が更に眉を顰めている。


 広げた扇の向こうで苦虫を噛み潰した顔を確認して、ディーナは王と共にゆっくりと歩いていく。そして、大広間で一段高くなっているところに設えられた玉座に着くと、静かに王を座らせた。


 本当は、まだ完全には王の体力は戻っていない。


 それでも、昨日よりは顔色もずっとよくなったし、動いても息が楽なようだ。


(だいぶ、毒が体から抜けてきているんだわ……)


 玉座に座る姿に手を貸しながら、ディーナはほっと息をついた。


 そして、きちんと王が座れたのを確認して、横に立つ。


 まるで王妃のようだと、誰もが思ったのだろう。王の椅子の側に立つディーナに向けられる視線が、どれも苦いものを含んでいる。


 けれど、棘のある眼差しに、ディーナは余裕のある笑みをゆっくりと返した。


「さて、皆の者」


 ディーナが挑発的な眼差しを撒くのと同時に、玉座に座った王がゆっくりと口を開く。


「今日は突然、集まってもらい大儀であった」


「陛下。今日の急なお呼び出しは何でございましょう」


 以前、陛下の部屋で出会ったグアテナイ大公爵だ。臣下の皆を代表して、彼が慇懃に口を開いている。


 よく知っている姿の質問に、王は深く頷いた。


「うむ。実は今日は重大な発表があって、皆をここに招いた」


「重大な発表?」


 けれど、王の言葉に、グアテナイ大公爵は怪訝そうに顔をしかめている。


「ああ、突然のことで驚くとは思うが」


 一度深く頷くと、王は大広間に並んでいる臣下達を見回した。左右に並ぶ人の列の中には、当初もくろんだ通り、ドレスレッド侯爵とルディオスの姿もある。端には、政務官のディオニク。そして、大広間の一番後ろには、イルディの姿が。


 並んだ顔を確かめ、王は前に立つアグリッナに視線を落とした。


 何も知らないアグリッナは、不安げに王の姿を見つめている。


 きっと、昨日の様子を知っているから、まだ王の健康が心配で仕方がないのだろう。


 けれど、ディーナが見ている公爵令嬢の細い姿を王も見つめた。


「アグリッナ、前へ」


 王の言葉に、アグリッナが不思議そうに首をかしげながら前へと進み出る。


 突然の指名に、多くの貴族達の好奇な視線がアグリッナに一身に集まっていく。


 それを確かめて、王は一つ大きく息を吸うと、口を開いた。


「アグリッナ、お前は私が毒を盛られた時、公爵邸に引きこもり、婚約者でありながらすぐに駆けつけなかった。これは、未来の王妃となる王の婚約者としては甚だ遺憾だ」


「え――……!」


 王が倒れたという報を聞いて、すぐに駆けつけたアグリッナにしてみれば、これこそ何を言われているのかわからなかっただろう。


 けれど、王の言葉は続く。


「それにお前は、お前が使うようにと言ったディーナを、私が側におくことが内心悲しかったと周囲に打ち明けていたそうではないか。アグリッナの頼みで、私の側にいるのに、嫉妬心からか公爵令嬢に怒鳴られ悪口を言われた。色々な嫌がらせも受けたと、ディーナが泣きながら私に相談してきたぞ?」


「いいえ! そんな悪口や怒鳴りつけるなど私は決して……! 陛下への妬心から、ディーナに辛くあたったなどまったく身に覚えがございません!」


(アグリッナ様、だから陛下が軽くショックを受けていますって……)


 けれど、一つも身に覚えがないことを公衆の面前で非難されたことに、アグリッナはひどくショックを受けたらしい。いつもはよく回転する頭が、今日は動転しているように、瞳がひどく揺れている。


 けれど、驚いているアグリッナに更に王が叫んだ。


「言い訳はよい! お前が私を奪われたという嫉妬心から、ディーナに嫌がらせを繰り返したというのは明らかだ!」


「陛下!?」


「私も可愛いからと、お前を甘やかしすぎた! だから、アグリッナ、お前との婚約は今日をもって破棄する!」


 王の宣言に、ざわっと広間中の人波が揺れた。




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