第11話 一石二鳥な出会い
グスタフと別れたクローヴィスは、皇宮の北東に位置する皇宮警備隊の屯所まで来た。
ここまで来ればさすがに騎士服姿の男たちが大勢行きかっており、クローヴィスの存在感など埋没してしまう。
さあ、中に入ってみよう。
「皇宮警備隊に何か御用でもあるのかね。クローヴィス・ラトキン。君のいるところはここではないだろうに」
「……誰だ?」
突然の声に振り向けば、白髪ながらもがっしりとした体格の老人が彼を手招きしていた。
寄っていくと、不思議と威圧感のある老人である。目元が大きく吊り上がり、大ぶりの唇がいかにも大胆不敵な雰囲気を醸し出している。
若いころはさぞや武術で腕を鳴らしていそうだ。
「うむ。名乗るほどのこともない。そこらの通りすがりのジジイだ。飴ちゃん食べるか?」
「もらう」
老人が差し出す包み紙をめくって、不格好な飴玉一つ口にしてみる。べっこう飴だ。
ふと横目で見れば、老人は目を丸くしている。
「わしの差し出すもんをためらいなく食べるやつをはじめてみたぞ。ふつう、怪しむだろ」
「こんな皇宮のど真ん中で毒殺をたくらむやつもいないだろ。腹も頑丈なものでな、多少なことではびくともしないさ」
「ふっ、そうか。このあたりではあんまり見ない感じの男だな。ここにいるやつは大体、誰かの顔色伺いをするやつらばかりでつまらんと思っていたところだ。ハッセルから吹いた新しい風だな。大いに結構! ふっはっはっは」
老人の大笑い。それは不思議と周囲の目を引くらしく、通る者がみなぎょっとして通り過ぎていく。
「そういえばご老人。少し聞いてもいいか?」
「何かね?」
「第三皇女殿下の警備体制はあまりにも手薄すぎないか?」
「うむ。外から来た者が疑問に思うのも無理はない。あれはいけない。皇女殿下は無防備に見えるな。昔は少なくとも警備兵も配置されていた。……兵たちは逃げ出したがな。どいつもこいつも幽霊や化け物を見た、と言っておったなあ」
「なんだそれ」
「だろ? 幽霊や化け物を前に逃げ出すようなひ弱なやつらばかりなのさ。警備隊のやつらは」
とはいえ、と老人は思わせぶりに言葉を継いだ。
「実際のところはどうであれ、皇宮に巣食う『幽霊』や『化け物』たちには恐れをなしているのだろうて。皇女殿下の身辺に恐怖を覚えた、という建前がまかり通る。貧乏くじを引いたな、クローヴィス。周囲は信用できんぞ」
クローヴィスが予想するよりも彼女を取り巻くものは厳しいらしい。
「ならば三人の皇女のうち、老人なら誰を主君に選ぶ?」
「そうさな。お三方とも詳しく知るわけではないが……自分の能力をのびのびと生かすことができるのは第一皇女殿下だ。次に、仕えやすそうな意味で第三皇女殿下。最後にやや難のある性格の第二皇女殿下を選ぶな」
「そうか。だが俺を選んだのは第三皇女殿下だ。他の皇女など知らない。あれでも接していて嫌な女じゃないから、それでいい」
「ふむ。『求められた人につく』というのも真理だな。最初に自分を認めてくれた者は特別だ。相手が善と悪、どちらの道に進もうとも運命を共にしたくなる。忠誠とはそういうものだ」
忠誠。傭兵の経歴を持つクローヴィスには馴染まないものだ。見返りなしで満足できるだろうか? 金でも宝でも女でもいい、具体的な見返りがあって頑張れる。馬は鼻先の人参にかぶりつくのだ。
クローヴィスは思考を放棄した。いつものように。
「まあ、だがわしはうれしい。第三皇女殿下……リュドミラ様にもようやく側近ができた。それを祝ってやらねばなるまい。どれ、皇宮警備隊に一緒に行ってやろう。そうさな、わしの手にかかれば、警備兵の十人や二十人、東の塔に引っ張ってきてやろう。ふっはっはっは」
皇宮警備隊。近衛兵や騎士団など、皇族に伺候する者たちと違い、皇宮全体の警備を任されている部署である。要は門番などやっている連中はここに属する。地位はやはり近衛兵や騎士団より一段ほど格は落ちるが、皇宮に常駐する兵力では圧倒的な多数だ。
その屯所は、白い石を切り出された建物だ。その前にも兵が配置されているが、老人は顔パスで入った。
そして、中にいた警備隊長らしき立派な服装の男にも片手を挙げるだけの挨拶で済ませ、単刀直入に「警備兵をこいつに預けてくれ」とクローヴィスを顎で示しながら告げる。
老人とクローヴィスの並びに目を白黒とさせる警備隊長。
「た、たしかに閣下がおっしゃることももっともで……いや、しかし、ですな。……と、いうより横のお方は誰でしょう?」
「新しい宝玉騎士だ。何だ、まだ顔も知らないのか?」
「任命されてまだ二日目だ」
「いや。警備隊長なら知っていて当然だ。職務怠慢じゃないか?」
クローヴィスのフォロー(らしきもの)もあっさり否定した老人は、冷や汗を掻く警備隊長をねめつけた。
見た目には裏社会のボスとその部下である。
「東の塔の件もどれだけ放置しておくつもりなんだ。慣例があるのは悪いことじゃないさ。長年の経験と知恵が詰まっていることもある。しかし、それを漫然と全部前任者の指示通りにしていたら、お前がその地位にいる意味などどこにもないだろ。さっさと別の者に譲ってしまえ」
「おっ、お許しを! 宝玉騎士様もなにとぞご容赦ください!」
隣のクローヴィスにも謝罪する隊長。
『宝玉騎士』という肩書は、警備隊長に謝罪させるほどにありがたい地位らしい。
皇族一人一人につくだけに特権でも認められていそうな気もするが、この場合には都合よく働きそうだ。
「ではこちらに警備兵を預けるということでいいな? 任務内容は東の塔前の警備だ」
「は、はいー!」
そんなわけでさっそく明日から警備兵を寄こしてくれることになった。
屯所を出たところで、「どこのどなたが知らないが、非常に助かった」と言えば、老人は首を振ってまた聞いた。
「ほかに困っていることがあるか?」
「そうだな。じゃあ……」
クローヴィスは、謎の老人のおかげで厨房の自由使用権を手に入れた。
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