六. 砂の村と水の村③

彼の話は次のようだった。

かつて水の村と砂の村はひとつの村だった。

村の中央を大きな川が通っていて、それを石の橋が繋いでいた。


こちら側、つまり、今の水の村は土の質も良く、多くの作物の育つ豊かな土地だった。

反対側は作物が育ちにくかったが、貴重な鉱石が採掘されていたので頑丈な農具を作ることができた。

人々は橋を往来してそれぞれの産物を交換し、豊かとは言えないなりにも幸せに暮らしていた。


しかし、現国王フォレクトレがクーデターを起こして王の位に就いてから全てが変わってしまった。

ある日、城から王の使いを名乗る男がやって来た。


――『ここに水路を作りたい』


それを聞いた人々は喜んだ。

人の数が増えて家が次々に建てられていたせいで、道は入り組み、複雑なものになっていた。

水路が作られれば、船を使って重い物を1度に早く運ぶことができるだろう、と。


しかし、水路が完成してからまもなく人々は異変に気がついた。

2つの村を隔てていた大河の水位が下がり始めたのだ。

とうとう川は枯れて村は霧の立ち込める村と砂嵐の吹き荒れる村に分かれてしまった。


事態はさらに悪化した。

水の村で原因不明の病が流行りだしたのだ。

いくら水を飲んでも渇きが癒えることはなく、最期には全身が干涸らびるようにして死んでしまう。

それと同じことが植物にも起きていた。

あっという間に村中の草木は枯れ、人々はこの病に怯えるようになった。

人々が王に訴えると、あの使いの男が町に来て言った。


――『この病の原因は水路を流れる水に含まれる毒素のようだ。これを消すには、枯れてしまった大河に眠る「精霊の石」が必要だ』


水の村の人々は必死に川底を掘り始めた。

けれども、いくら掘っても鉱石が出てくることはなかった。

長い間、毒素の含まれた霧の中で作業していた人々は次々と病に倒れていった。


次第に人々は砂の村の者たちが鉱石を掘り尽くしてしまったのではないかと疑い始めた。

城の傭兵たちが砂の村に話を聞きに行ったが、彼らは怪我を負って帰って来た。

傭兵の1人が小さな深緑色の石を差し出しながらこう言った。


――『彼らは容易く譲ってはくれなかった。それどころか私たちにまで手を上げる始末だ……だが、安心して欲しい。我々は必ずやあなた方を助けよう……それまではこの条件を呑んで欲しい。毒を抜いた水を砂の村の者に渡せ。彼らはそれに見合った分の石を渡すと言っている』


傭兵たちは砂の村の者たちに直接会うことは危険だとして、城がその仲介を担うことを申し入れてくれた。

それ以降、水の村の人々は傭兵たちの届ける石を使って毒のない水を作るようになった。


しかし、手に入れられる石ではごく僅かな毒素しか抜くことはできなかった。

しかも、綺麗な水を蓄えたかと思うと、新たな石を手に入れる為に水を砂の村へ送らなければならず、ここには飲める水がほとんど残らなかった。

外の霧を恐れた人々は次第に家の中へ引き籠るようになり、砂の村への恨みを募らせていった。


***


「蓄えられている水がほとんど無いせいで、喉の渇きに耐えかねて水路の水を飲んでしまう者もいる。彼らを追い詰めているのは君たちだ。そのことを自覚してもらいたいね」


「ちょっと待てよ!」


ラルフの言葉にコリンが勢いよく机を叩いた。


「俺たちは確かにその鉱石を掘る仕事をした。でも、そんな効果があるなんてちっとも知らなかったぞ?!」


「何?!」


「それに……鉱石のほとんどはエラって王の使いに持っていかれるんだ。それを水の村で売って水をもらってきてやるからって……」


「そんな馬鹿な!?」


「それに、酷いのはそっちの方だよ! いつも壺の半分の水もくれねぇじゃんか!」


「な、何を言っているんだ?! 君だって見たろう?! 台車に山ほど積まれた壺を?!」


「2人とも落ち着いてよ!」


ニコラスが割って入った。


「ラルフさん、聞きたいことがあるのですが……」


「何だい?」


「今の話をまとめると……水の村から水を運ぶのも、砂の村から鉱石を運ぶのも、全部城の人なんですよね? 多分だけど……王はその鉱石を他国に売って儲けようとしているんだと思う」


「どうしてそう思うの?」


「え? あ、い、いや……」


尋ねるセーラにニコラスは思わず口を噤んだ。

前に同じようなことをやったことがあったからだ。


自分のいた町では、定期的に金細工の職人や宝石商が集まる市場が開かれていた。

物珍しさにやって来た観光客たちに彼らの代わりに欲しい物を買って来てやる、と話を持ちかけるのだ。

勿論、最初は警戒されるので予め店からくすねておいた宝石や金細工を見せて店主とツテがあることを匂わせる。

何なら自分が買いに行く前にこれを渡しておいてやっても良いとまで言う。

相手が判断に迷い始たら、もうこっちのものだ。

他の客が待っているからと焦らせると、大抵の客は美味しい話を逃したくない、とお金を掴ませてくれる。


そうやって何人も騙してきた。

勿論、自分も盗人だったから、とは言えなかった。


「それは、その……」


言葉を濁すニコラスをよそにラルフが掠れた声で呟いた。


「……それじゃぁ、私たちは一体何の為に水を作ってきたんだ? 何の為に多くの人たちが死んだのだ?!」


自分に騙された人たちは皆、どんな顔をしていたのだろう?

頭を抱えるラルフの姿に胸がずきんと痛んだ。


重い沈黙の中、アキが口を開いた。


「ねぇ、どうして砂の村の人とお話ししないの?」


思わず息を呑むラルフにコリンが重たい口を開いた。


「俺からもお願いします……俺、今まであんたたちのこと憎んできた。水も、食いもんも、無いのはあんたたちのせいだって……こんなに生活が苦しいのはあんたたちのせいだって……! でも、本当は違ったんだ……本当に恨むべきは現国王フォフクトレ・ロイナードだったんだ!」


叫ぶコリンの言葉が胸をえぐる。

ニコラスが膝の上で拳を固めた時、扉が大きく開け放たれて数人が転がり込んできた。


「ラルフさん! 砂の村の奴らです!」


ラルフは椅子を蹴り倒さんばかりに立ち上がると短剣を掴んだ。


「急げ! 一滴たりとも盗ませるな!」


「待てよ!」


コリンは戸口に走り寄るラルフに向かって叫んだ。


「話し合ってくれるんじゃねぇのかよ?!」


彼は一瞬動きを止めたが、黙って去っていった。


「ニコラス、俺たちも行こう!」


コリンが物思いに耽っていたニコラスの腕を掴んだ。


「あの人を止めなきゃ!」

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