第29話

 祭り会場は人が多く一列になってから先頭について歩く。先頭にいずみ、楓、美夢、そして私の順番。この順番は意図したものではなく、ただの成り行き。いずみと楓が先頭で話していたからその流れ。


 人混みに入ってしばらくするとまっすぐ進んでいたいずみが左に曲がった。私たちも付いていくしかないので付いていく。


 着いた先は赤い魚の柄の付いたテント、つまり金魚掬いの屋台だった。


 中央のプラスチックの水槽に赤や赤黒の金魚が泳いでいる。その中に細長く薄い半透明な魚が泳いでいるのが目に止まった。


 横で見ていた美夢がそれを見てぼそりと呟く。


「ここ、金魚以外にメダカがいるんだ」


 このお祭りにはかなり通っていたが、メダカは初めて見た。いつだっただろう、いずみ達と着た時にミドリガメ掬いがあって驚いたのは。あの時は紙二重ぐらいの厚さのもので掬ったっけ。


「ミドリガメまだ生きてる?」


 急に聞いた質問に美夢は動じることなく答えた。きっと同じことを思っていたのだろう。


「三匹とも元気だよ。帰ったら写真送ってあげる。全員大きくなったから」


「ありがとう」


 私たちがそんな会話をしているといずみがウキウキしたテンションで提案をしてきた。


「今から四人で勝負しない?」


「勝負?」


「そう、勝負」


 そういうといずみは水槽の方を指差した。


「一人一回やって金魚を多く取った人が勝ち、勝者は敗者の一人に命令をさせる。どう?」


 いずみの提案にデシャブを感じた。夏休み初めに楓が家に着た時と同じ流れ。


 その提案に似たもの同士の楓が口元をニヤつかせる。


「賛成」


 賛成二、無回答二、ここで美夢が嫌だと言ってくれれば私もそれに便乗出来る。この二人のことだ、何かしらの目的があるのは目に見えている。楓なんてあからさまにこっちをじっと見ている。


 私は祈るように美夢を見た。


「私は・・・いいと思うよ」


「美夢〜」


「え、なに!?」


 私の思いが届かず、美夢も賛成派についてしまった。ここで私一人がどんな意見を出そうが覆ることは無い。少し息を吸ってため息を吐いた。


「わかった私もする」


「じゃあ決まり、おじさん紙四枚」


「あいよ!」


 おじさんは私たちからそれぞれ百円を受け取ると青、緑、黄、水色のポイ(金魚を掬い時に使う紙の付いた道具)をそれぞれに手渡した。


 私たちを気遣ってか横にいた小学生が横に避けてくれた。


 早速ボールを片手に泳ぐ金魚を眺める。生きがいいのも、弱っているのも、太り過ぎなもの、いろんな金魚がいる。メダカはどれも一緒にしか見えない。


 一番最初にポイを水につけたのはいずみだった。金魚の後ろからゆっくりと紙を近づけ、ボールに近付けて下から上にあげる。水の外に出された金魚はいずみの紙の上でピチャピチャと跳ねる。


「よっ!」


 小さな声とともにボールに金魚がチャポンと入っていった。


「まず一匹目」


 先制をしたいずみが私たちの方を見ながらドヤ顔を見せる。一方で美夢はえい!と言いながら勢いよく掬い上げるものだから紙がボロボロになっていた。


「終わっちゃった」


「ドンマイ」


 横でしょんぼりする美夢にそう言った。美夢はスッと立ち上がると私たちの後ろに並んだ。後ろで待っていた男の子に変わってあげたのだ。


 私はというと未だに手を付けていない。どの金魚を狙うか迷っている。


 この勝負は多分多くの金魚を掬った人が勝ちなんだと思う。ならリスクの少ない小さいやつを選んで多く取りつつ、尚かつ紙にダメージを与えないようにしたい。


 水槽をずっと覗いていると横に歓声が聞こえてきた。ほかのお客さんもおー!とか言っている。


 私はみんなの見ている視線の先を見た。小さい男の子と女の子に囲まれた一角。手に持っているボールには既に金魚が十匹ちかく入っている。それなのに紙は全然壊れていない。その人を見ながら屋台のおじさんが目を丸くしている。


 だけど私からはその人を見ることは出来ない。子供に囲まれているせいだ。その後ろにいた美夢がすご〜いと声を漏らしている。


「西野さん金魚掬い得意なんだ」


「そんなことないよ、昔近所の金魚掬い屋さんってのがあってそこによく行ってただけ」


 自慢するでもなく楓がそう言ったのが聞こえた。


 私はここで確信した。なんで楓があんだけ乗る気だったのか、どうして賛成したのか。楓は負ける気が最初からしてなかったんだ。


 そうと分かると私のやる気は徐々に薄れていった。この時唯一やる気を燃やしていたのはいずみだけだった。



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