第20話

 結果、私は負けた。意気込んで挑んだ二回戦、最初は順調だった。私の言葉に恥ずかしいのか、頬を赤らめながらもう一回と言っていた楓。でも回数を重ねると楓は笑顔で返してくる。


 もう一回と言うよりも愛してるを連呼する方が精神的にきてしまった私は降参した。


「私の勝ち!」


 両手を高々と上げて喜ぶ楓。まるでおもちゃを買ってもらった時の子供のような笑顔を見せる。


「よかったね」


 私も親のような口調でそう言いながらテーブルに置かれたお菓子に手を伸ばした。チョコクッキーとバタークッキー、私はどちらかと言うとバターなのでチョコクッキーが減るのは楓が食べた時だけだろう。


「どうしようかな・・・」


「何が?」


 急にぼやいたので尋ねる。楓は手を組みながらう〜んと唸りをあげる。


「あれもしたいけど、こっちも捨てがたい・・・」


 骨董売り場で悩む中年男性のようなことを言いながら首を左右にカク、カクと動かす。


 私には楓が何に悩んでいるのか検討がつかない。そもそも楓とは一心同体なわけではないので当たり前なのだ。


 それがわかった日には私は占い師か超能力者を名乗ろう。


 どうでもいいことを考えながらクッキーを口に運ぶ。コリコリと噛むたびに聞こえる音が私の耳に届く。口の中にはバターの風味が一瞬で広がる。


 明日クッキー作ろっかな、なんてまだまだ高いところにある太陽を見ながら考えた。


「よし」


 楓が決意したのはそれから数分後だった。


「遥華、私にキスして」


「うん・・・んん!?」


 答えておいて後から気づいた。楓が今私にキスと所望したということに。私は驚きのあまり目を丸くしながら楓を見ているだろう。


 キ、キス!?えーとあれだよね、口と口を重ねるやつ。ドラマとかでよく男女がしているあれだよね!?


 私はパニックになり、額から変な汗が出てきていることに気づかなかった。


「キスってあのキス?」


 わかっていながら、それでも確認をした。聞き間違えではないか、そう思いたかったから。


「ほかに何があるの?魚の方のキス?それともお菓子のメルティーキッス?」


「そうだよね・・・うん」


「遥華には否定権は無いよ、これは命令だから」


「わ、わかった」


 いつかはこうなると思ってはいた。一様付き合っているのだし、キスのひとつやふたつ、いや考えるのはやめよう。今にも頭がパンクしそうだから。


 私は膝で立って楓に歩み寄る。楓は何も手を出さないと訴えるかのように、そっと手を後ろに回して目だけを閉じた。


 綺麗な顔立ち、少し大きな目、小さい鼻に潤っていて柔らかそうな口。サラサラでテカリのある髪。いつも見ているはずの楓の顔がいつもと違うように見える。


 心臓に手を当てなくてもわかるぐらい大きな音を立てながら動いているのがわかる。耳にはその音しか聞こえてこない。このような状況を緊迫状態っていうんだろうか。


 私は徐々に顔を近づける。カップルはみんなこんな凄いことを平気でしているんだ関心してしまう。ま、状況は違うと思うけど。


 もし楓から不意にされたら、さぞ楽だっただろう。一瞬の出来事だったってそう思えるから。


 でも自分からするのはすごく勇気がいる。私は楓の肩に手を置いて、そのまま止まっている。後一歩が踏み出せないでいる。


 楓の口を見ていると吸い込まれそうになるけれども、途中でその感覚が薄れる。


「楓ごめ、ん!」


 諦めようとしたとき、不意に楓の手が私を抱き寄せ、そのままキスをした。楓の柔らかい唇が私の口に別の暖かさを与えてくる。自分のとは違うマシマロのような弾力。


 私はそっと目を閉じた。自分の意思なのかすら分からず。ただただ、今もこの感触に、楓の口の柔らかさに浸っていた。



 少し息苦しくなって、私は楓の口から口を外した。今まで息をしていなかったようで、荒い息遣いになっている。それは楓も同様だった。


 さっきまでとは違い、耳まで赤くした楓はいつもの楓とはやはり違った。


「もう一回」


 甘ったるい声でそう言って再び口を重ねてくる楓。私は抵抗することなくそれを受け入れた。嫌な気にはならなかった。ましてや、私の中で何かが満たされるような感覚が私を包んでいく。


 キスってこんなに甘いんだ。


 これが私のファーストキスの感想だった。

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