期末テスト
第9話
時間が私のために止まってくれればいいのに、なんて自分勝手な事を思った。
「来週はテストだからしっかり勉強しておけよ」
木曜日の午後のホームルーム、担任のその言葉に外を向いていた私は黒板の方に勢いよく振り向く。
夏前の最後のテスト、私の頭の中からそのことはすっぽりと抜けていた。先週の授業は全く聞いていなかったので頭に入っているわけはなく、それまでの範囲も朧げにしか覚えていない。
「困ったな」
鞄に物を入れてから肩にかけた。一刻も早く家に帰って復習をしないと間に合わない。テストは来週の木曜日、残り七日しかないのだ。
椅子と引いて教室を出ようとすると前の席から声が聞こえた。
「遥華」
教室の半分まで進んだところで足を止めて声のする方を見る。
男女のグループを分入って駆け足で来る楓の姿が見えた。
「どうかした?」
「勉強一緒にしない」
どこで?と問うと楓は図書室と即答した。勉強か、誰かとすると頭に入って来るのだろうか?今まで一人でやっていたから分からないな。
楓が少し上目遣いでね、しよう?と言って来る。そんな姿にドキッとしたわけではないが、私はうんと首を縦に振っていた。
「人多いね」
「そう、だね」
私と楓が図書室に来た時にはほとんどの席が埋まっていた。大半がグループで集まっていて一人で勉強している人の方が少ない。
「遥華、あそこにしよう」
楓が窓側を指差す。その先には二人が座れるスペースが空いていた。四つのうち二つを横のグループに椅子を持って行かれているが、そんなことは私たちには関係ない。
私が返事をする前に楓はすぐに席を取るために歩き始めていた。私も少し遅れてからその席に向かった。
「確保っと」
小声で楓が鞄を置きながら言った。テスト期間中の図書室はいつもよりかは賑やかだった。あちこちから小声での会話が聞こえて来る。
私と楓は向かい合う形で座ると思い、私は先に席に着いた。そんな私を見ながら楓は少し静止状態だったが、椅子を持って私の横に椅子を下ろした。
「いいよね?」
「・・・うん」
ダメっと言う理由もなかったので許可した。そもそもお昼でも横にいるのだから今更ダメと言うのが逆に不自然な様にも思う。
先週の木曜に返事を伝えてから丁度一週間が経った。楓とは今まで何ら変わらない関係でいる。恋人らしいことなんてなにひとつしていない。別に不満と言うわけでもない。むしろ気持ちのいい距離感だと思う。
「何からする?」
私が横を見ながら問うと楓は少し唸ってから数学と答えた。
鞄からノートと教科書を取り出し机に広げる。高校では数学の難易度がかなり上がった。一年の時は数学I、二年からは数学IIと変わった。もう一つ数学Aがあるようだけど高校ではしないらしい。
「複素数と方程式か・・・」
解き方などが曖昧なので章の始まりから手をつけることにした。教科書の例題を見て、そのあとで下にある本題に手をつける。
例題を見て解くのはやはり簡単でスラスラとペンが走る。
数ページ進んだところで横にいる楓をチラッと見た。さっきからペンが全く動かないから気になっていたのだ。分からないところがあるなら聞いてくれば良いのにと思いつつ。問題によっては答えられないかも知れないけど。
私が顔ごと楓の方に向けると横目で私を見ていた楓と目があった。楓はそれに気づくとすぐにノートに目を向けた。
「分からないところでもあった?」
「う、うん、ここなんだけど」
楓は教科書を私に見せながら分からない箇所を指で指す。
「・・・」
私は答えられなかった。私の頭の中には楓の指差す場所をやった記憶がない。より教科書を見ようと楓に体を近づける。教科書の前後をパラっとめくって見てもやった記憶がない。
「ここ本当に範囲内なの?」
「・・・あ!」
鞄から各科の範囲表を出した楓が小さく叫ぶ。
「あはは、ごめん遥華、ここ範囲じゃなかった」
苦笑いしながら楓が右手を首の後ろに手を当てる。
「ずっと私ばかり見てるからだよ、楓が勉強しないなら帰るよ。一人ならここで勉強する必要ないし」
「だって・・・」
楓がむくれた顔になる。
「真剣に勉強する遥華がカッコよかったから・・・」
「そんな言い訳は聞かないよ、早く勉強再開するよ」
楓は渋々といった感じで再びペンを取って教科書とノートに向かった。
私は一度範囲表を再確認してから楓同様にペンを持った。数学はまだまだ復習が必要のようだった。
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