第7話
放課後、自分の気持ちを決めてから教室を出た。
廊下はいろんな人の声で賑わっている。私の少し先に男子の腕を抱いた女子が目に入った。その姿を友達であろう、数人の集まりが二人を見ながらからかっている。
からかわれている二人はきっと付き合っているんだろう。みんなもそれを知っている。
カップルを見るとなんだか穏やかな気持ちになる。羨ましいとか嫉しとかは思わない。リア充爆発しろなんて思ったことがない。自分はそのチャンスを数多と潰してきたのだから。
でも今日からは違う。私が楓を失わず、楓が一番喜んでくれる言葉を今から彼女に送る。自分のため、楓のために。
目の前の集団を横目で見ながら通り過ぎた。
階段を降りていると外からは部活の掛け声が聞こえて来た。
中学時代は陸上をしていたことが懐かしくなる。ま、聴こえてくるのは野球部の掛け声なんだけど。私自身、足がずば抜けて速かったわけではなかった。ただ小学校の時からの友達に誘われたから、それだけの理由で所属していた。
あの頃の自分が今の現状を聞いたら驚くだろうな。たった一人になった友達を失くさないようにここまで考えているなんて。
昔を懐かしみながら昇降口で靴に履き替えようとして下駄箱を開けた。開けた下駄箱の中から白い封筒が滑り落ちて地面に落ちるのを目で捉えた。
「こんなときに」
見飽きたそれを手に取る。躊躇することもなく封筒を開ける。中に入った紙にはギッシリと文字で埋め尽くされていた。字体は少し丸みを帯びていた。
(君に初めてお手紙を書きます。
素直に僕の気持ちを伝えます。あなたが好きです。初めて見かけたときからあなたの事が気になって・・・。気がついたらいつもあなたの事を考えていました。
ほかの人から変な噂や陰口を聞くとイラッと自分のことのように思えてしまうぐらいあなたが好きです。
手紙ですみません。自分の口で言える勇気が少し足りなくて。今日の放課後、校舎裏で待ってます。答えを聞かせてくださると嬉しいです)
文の最後には
私は彼を知っている。一年の時にしていた委員会で一緒だった。特に目立つ方ではなかったが、何かと私を手伝ってくれたので印象に残っている。重いダンボールを運んでいたら手伝ってくれたり、届かない掲示物を代わりに貼ってくれたり。
彼の優しさは私と少しでも長く一緒にいたいという思いだったのだろうとこの手紙を読んだ後だから思う。
この手紙を読み終えた自分の胸に手を当てる。心臓はドクンドクンを波打っている。だけど平常、早くなる様子はない。
「ドキドキしないな」
封筒を持ったまま靴に履き替える。
ごめん楓、もう少し遅れそうだよ。
中庭で待っているはずの相手に届かない謝罪をしてから校舎裏に向かった。
校舎裏に着くと男子が一人立っていた。ソワソワした様子で同じところを行ったり来たりしている。
「大倉君」
私が名前を呼ぶと彼は迷子の犬が飼い主を見つけたかのような顔を見せる。
「四条さん、よかった来てくれて」
彼は笑顔を見せ、ホッとしたのか目を閉じ、右手を胸に当てて細く息を吐いた。
目を開いた彼の目はさっきまでの物とは全く違った。私が何度も見て、何度も打ち砕いた目、真剣で覚悟を決めた目。
「好きです四条さん、僕と付き合ってください」
彼は頭を深々と下げ、真っ直ぐに右手を私に差し出す。
彼からの生の告白を聞いた私はまた自分の胸に手を当てる。いつもの鼓動、早くもない、遅くもない、リズミカルなテンポ。
彼の手を取ってはい、とかよろしくお願いします、なんて言ったら私のよく知る漫画やドラマみたいになるだろう。
だけどそうはしない。
「ごめんなさい」
私は彼の手を取らない。取る気もない。彼はそっと体を起こした。落ち込んだ顔の彼を見る。これで何人目だろう、こんな顔の人を見るのは。
視線が下のまま彼は口を開く。声のボリュームもさっきより低くなっている。
「やっぱりダメか・・・。ありがとう、答えを聞かせてくれて」
私はゆっくりと首を振る。彼はいい人だと思う。陰口を言われていた時でも私を助けてくれた。それは彼のいいところだ。でもそれは言わない。変な期待や希望を持って欲しくないから。
「用事があるから行くね」
少しの沈黙を私が壊した。私にはこれから伝えないといけない人がいる。行かないといけない場所がある。
「ごめんね、時間割いちゃって」
また首を左右に振る。それから無言でその場を去った。後ろから彼の足音は聞こえない。彼は当分あそこにいるだろう。だからといって彼に構っている時間はない。
早く楓のもとに行かないといけないのだから。
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