第2話

 私はなぜここに楓がいるのか全く見当がつかなかった。足元には楓の物であろう鞄が置かれている。


 私がここに来た理由は楓に会うためではない。ラブレターの相手にお断りを言うため。


「ねぇ、楓?」


「なに?」


「ここに男の子いなかった?」


「どうして?」


 楓は全く笑顔を絶やさず答える。私は鞄からさっき下駄箱に入っていたラブレターを取り出して楓に見えるように突き出した。


「このラブレターの差出人がここにいると思うの、見てない?」


 それを見た楓は笑顔を失った。そして私の耳にかろうじて届くような息を吐いた。


「遥華の近くにいるじゃん、その人」


「え!?」


 私はわかっていて、そして自分が今置かれている現実を否定したくて、周りをキョロキョロと見渡す。


 そんな私に呆れたのか、楓は今度ははっきりと聴こえるくらいのため息を吐いた。


「遥華はわかっていてやっているの?それとも天然?」


 楓はもたれかかっていた桜の木から離れ、ゆっくりと草を踏み付けながら近づいて来る。


 私は近付いて来る楓から逃げるように二、三歩後ずさったが、そこからは逃げ出すことは出来なかった。


 私たちの間にあった三メートル近くの距離はすぐに縮められた。


「遥華」


 楓の顔がすぐ目の前まで来た時、私の頭は真っ白になった。楓の少し赤い頬が段々と濃くなっていく。潤んだ瞳がしっかりと私を捉えている。


 暑さのせいか、この現状のせいか、体中から異常じゃないほどの汗が出てきているのがわかる。


 楓も額に少し汗をかいていたが、顔は真剣そのものになった。


「私、遥華のこと好きだよ」


「・・・」


 楓の言葉でその場は静まりかえる。運動部の声も吹奏楽部の音楽も、スズメやカラスの鳴き声ですらも止まったかのように。


 その間も楓や私の髪が横になびいているけど、風の吹く音はもちろん聞こえない。ただ時間が止まっているわけではないと教えてくれる。


 その沈黙も楓によってすぐに壊される。


「だから、私と付き合って欲しい」


「・・・」


 私は答えを出すのに躊躇った。この告白はこれまでのものと違うことは明らかだったから。


 興味のない男子でも、関わりのない先輩でもない。私のたった一人の親友の嘘のない告白。それは私が彼女の事を知っているから分かる。


 だから考える時間が欲しかった。冷静になれる時間が欲しかった。


「・・・少し、考えさせて」


 楓は俯いた私を見て、それ以上はなにも言わなかった。気持ちがまとまったら言って、そう言って木の側に置いていた鞄を取ると、また明日、とだけ言って通り過ぎていった。


 私の後ろからは段々と遠ざかって行く足音がする。それが聴こえなくなるにつれ、徐々に周りの音が聴こえて来る。


 楓の足音はどこか弱々しかった。



 家に帰ってからは食欲がなかった。お母さんが心配してくれたけど、なんでもない、といって部屋に戻った。


 右の一の腕をおでこに当てながら、白い見慣れた天井を見つめる。静かな部屋は私に冷静な考えをもたらしてくれる。


「遥華のこと好きだよ」


「私と付き合って欲しい」


 楓が言った言葉がフラッシュバックする。思い出された声はとても生々しいものだった。まるで楓に横で言われているかのような、そんな事ないのに。


 思い出した途端、自分の顔が熱くなるのがわかった。誰が見ているわけでもないけど、それを隠すように枕に顔を埋め、勢いよく足をばたつかせる。


 

 私も楓のことは好きだ。


 

 いつも優しくて、スポーツが得意で、勉強もそこそこできる。ほかの友達より私を優先してくれる彼女が好きだ。大切で、手放したくなくて、そばにいて欲しいと思う。


 だけど・・・。


 これが楓の好きとは違うことはわかっている。私のは親友としてのもの。恋愛の方ではない。でもどうして私は楓の告白を今までの男子みたいに断れないのだろう。


 埋めた顔を少し上げる。


「楓は私のどこが好きなんだろう?」


 それだけが気になった。






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