Lily Connect

加藤 忍

二人の関係

第1話

 セミが鳴き、窓の外から漂う熱気にやられそうになる放課後、私は机に置かれた日誌と葛藤していた。今日の日課と欠席、遅刻、早退した人の人数、それと今日の感想。


 私はいつもこの感想に引っかかる。感想にはルールが課されていて、文は3行以上で今日の出来事について。


 行事のある日はそれらで起きたことを書けばすぐに終わる。でも行事はいつもはない。だからといって五時間目にみんなが寝ていたなどと書くと書き直しを受ける。


 教室で一人、机に置かれた日誌をよそに、手に持っているペンを手のひらで回しながら外を眺める。


 日はまだ高いところにある。それはそうか。ホームルームが終わってからまだ二十分しか経っていない。


 ほかのクラスメイトは大会頑張るぞ!と部活に向かったり、今日どこ行く?カラオケ!などと寄り道の予定を立てながら出て行った。


 担任も書けたら職員室に持って来い、と言って去って行った。


 校舎内から聴こえる吹奏楽部の演奏にサッカー部や野球部などが歌を歌っているように掛け声をあげている。もし本気で歌っているなら音痴だな、音程なんて微塵も合ってない。


 そんなことを考えて日誌から逃避しているからペンが一向に進まない。


「はぁ・・・」


 気持ちを入れ替えてから日誌を向かい合うが、すぐにため息が出た。



 結局は今日のクラスの良かったところを書いた。みんな寝ることなく(嘘)、授業を真面目に受けていた、といった内容。担任もそれを読むとよし、と言って私を解放してくれた。


 昇降口には人影は全くなかった。下駄箱の扉を開けるとガチャッと音が周りに響く。いつもならそのまま靴を取って上履きと履き替える。


 でも下駄箱に入れた指に違和感があった。靴とは違う感触。少ししゃがんで下駄箱の中を見る。中には私の革靴とその上に一枚の封筒。


「・・・またかな」


 私はその封筒を手に取る。白い横封筒、表紙に私のフルネイムが綺麗に書かれている。


 裏には封筒の開け口があるだけで差し出し人の名前すらない。


 私はいつものように封筒を開ける。今日は封筒が少し千切れてしまったけど問題はない。


 封筒を開けると一枚の紙が入っていた。二枚織りになった紙を開ける。そこにはたった一文、


「放課後、中庭にある一本桜の下で待ってます」


 とあった。


 一本桜とは中庭にたった一本だけある桜の木。この学校に咲いているどの桜よりも高く大きい。


 この封筒に書かれた文字に私は違和感を再び感じた。どこかで見たような丸い自筆、昔?いや、最近どこかで見た気がする。


 私はここ最近の出来事を思い返してみたが、ピンと来るような手がかりは得られなかった。


 手に持った封筒をカバンにしまって靴に履き替える。上履きを入れてから昇降口を出た。



 高校生活二年目、私の生活はだいぶ落ち着いてきた。自慢ではないが、入学当初は週二回、こうやってラブレターをもらっていた。時には教室まで呼びに来る人もいた。


 一年の後半には誰が玉砕ぎょくさい嬢王じょうおう(告白を断っているうちに私のことをよく思わない女子がつけたあだ名)を先に落とすかを荒さっていた人気部活のイケメンキャプテンまでいた。


 二年になってからは週一にまで減った。在校生はほとんど断ったけど、入学して来た新一年が送って来るようになった。


 二年になってからは私の悪い噂も流れるようになった。援交してるとか、ヤリマンとか嘘ハッタリばかりが流された。


 そのせいで多くの友達を失った。私は何も悪くないのに・・・。


 それでも一人、私のすぐ横をいつも歩いてくれる子がいた。私のたった一人の親友。今日は用事があると言って先に帰ってしまったけど、いつも一緒に帰る。


かえで、今日はどんなようだったんだろう?」


 親友の名前を口にすると丁度桜の木のそばに来ていた。桜はすでに葉を付け、その場所だけ木陰になっている。その木に背中を預けるように立って下を見つめる人が見えた。


 私はその人を見て少し驚いた。いつもは男の子なのに今日はスカートを履いた女の子だった。


「ようやく来たね」


 唖然とした私がその場で立ち尽くしていると、彼女は顔を上げずにそう言った。視界に私の靴とかが入ったのだろう。少し長い髪をおさげにした茶髪の髪、クリーム色のブラウスに半袖のシャツ、膝より明らかに短いスカート。


 私は目の前の子に見覚えがあった。いやある。見慣れた格好のその子を私が知らないはずがない。だって彼女と別れてから一時間も経っていないのだから。


「か、楓!?なんでここに」


「ふふ、相変わらず遥華はるかは日誌の感想が苦手だね」


 目の前の楓は笑顔を見せながら顔を上げる。楓のいつもと変わらない笑顔がそこにあった。

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