閑話 その頃、従弟の敦士は
俺の従兄が、クラスメイトごと消えた。
現在の神隠し、なんてありふれたタイトルをふられた週刊誌を、父さんはグシャグシャにして捨てていた。
初め、父さんは母さんの妹夫婦が死んだとき、従兄を引き取るのにはいい顔をしなかった。
けれど、結局引き取ったあと、一番彼を気にかけていたのは、父さんだった。
従兄は、ひどく不器用なところがある人だった。
虐められていることに、家族全員が気がついていた。でも、あまりに必死に隠すので、誰もそれを指摘できなかった。
全員が後悔した。
彼らが消えて、2ヶ月後。
クラス全員分の、血泥に汚れた制服や所持品が、出てきた日の事だ。
従兄のものは、上着のみだったが、誰よりもボロボロで傷だらけで、血にまみれていた。
クラスの他の家族が、涙を流してそれを見るのに、俺たち3人は、一滴の涙も流せなかった。
その場に腰が抜けて、へたりこんでしまった母さんでさえ、涙は流れなかった。
怒りとむなしさと、後悔に支配されて、愕然とするしかなかったのだ。
そんな体で帰ってきたから、自分の机の上に、見慣れないノートがあって、表紙に書かれた見覚えのある字を見たら、
慌てて、家族に見せるのも、道理だよな?
こうして、『くれぐれも誰にも見せないでくれ』で始まる、彼の個人情報は、すっかり家族で共有されてしまったのであった。
すまない、斎賀。
だけどお陰で、涙を流せたよ。
――――――――――――――――――――――――――――――
従兄が、行方不明になって、もうすぐ半年という頃、また、謎のノートが、今度はリビングのテーブルに現れた。
宛名は今度は全員分で、中身は、今まで育ててくれた感謝と、恩を返せない謝罪だった。
それはいい。
『異世界で楽しく暮らしています』って、どういうことだ?
クラス全員で、異世界に召喚されたことから始まり、自分一人だけ、別の神に救出されたこと。手を尽くしてもらったが、戻ることはできないこと。ただ、手紙だけ、一方通行だが、期間限定で届けてもらえること。そういったことが彼の筆致で書かれていた。
頭が痛い。どういうことだ。
いや、例のノートに、過去に書いた詩や小説のありかもあったから、そういう趣味があることは知ってるけど、『生きてる』?
父さんと母さんが、生きてるなら探そう、と言い出した。
さもありなん。
この地球には、異世界のような世界もあるのだ。
けれど、俺は止めた。
「斎賀は、『世界中を回る』と言っている。もし、外国にいるなら自力で戻るつもりかも」
それに、手がかりが少ない。
町の名前や、大体の気候、人種や周りにある動植物など、様々な情報が書いてあるが、国の名前や、日本での呼び名はない。
これを使って探るとして、絞り込めるだろうか。
「それに、すごく楽しそうにしてるわね」
母さんもそう言って、息をついた。
父さんは不機嫌な顔をして、ノートとPCを見比べ出した。
「いい息抜きになってるんじゃないかな」
母さんと二人、顔を見合わせて笑った。
できればこちらからも手紙を送りたいけど、方法もわからないし、次の手紙を待つことで、全会一致した。
従兄を思い出すだに、心配だが、親切な人がたくさんいるようだし、旨い飯もたっぷり食べてるようだし。
何より、こっちにいる時より、生き生きとした筆跡に、安心感が半端ない。
騙されてるんだとしても、本人が『異世界』を満喫してるようだから、俺としては、応援だなぁ。
けして、黒歴史を家族に開放したから、帰ってこられると困る、て訳じゃないからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます