クラス転移されたけど、僕だけ別の世界に着いた。

三田部 冊藻

第1話 気がつくと、

 頭から白い液体がかけられた。

 酷い臭いだ。


 ……こんなのわざわざ用意してたのか。


「それ、処分しておいて」


 クスクス笑いながら、牛乳パックを置いて彼らは席に戻っていった。

 終わりのHRが終わって、帰る用意をしていたところだ。

 髪からポタポタ落ちる滴が、僕の鞄に弾かれていた。


 泣いても、悔しそうな顔もしてはいけない。

 無表情で彼らが立ち去るまで、このまま動かない。


 何事もなかったように笑い声をあげて、彼らがそれぞれ自分の机の上の鞄を手に取った所だった。



 教室を淡い光が覆った。



「きゃああっっ」

「え?ナニコレ、ナニコレ」

「ちょ……まさかこれって……」


 ゲームで見る魔法陣のような、淡いピンク色をした複雑な紋様が円形に拡がり、座っている僕の胸元から机の高さの間に浮き上がっている。

 教室の中がざわつく。


 何人かが慌てて逃げ出そうとした時、それは強く輝いた。


「まぶし……!」


 僕は、立ち上がろうとして失敗し、椅子から転げ落ちた。

 肩紐を腕に引っかけていた鞄が、顔に落ちてきて視界が塞がれる。


 痛みに耐えて、急いで黒い鞄を除けると、信じられない光景が広がっていた。



「ここ……どこ?」



 僕は小高い丘の上に座っていて、広大な草原の中に円形の町が見下ろせた。

 外国にあるような町だ。日本では画面の向こうか漫画の中でしか見ないような。



 四角い石を積み上げた分厚い石垣のような壁に囲まれて、たくさんの大小の家や塔がひしめいている。


 よく見れば、草原の向こう、遠くの方に長く続く石垣が横たわっている。

 自分の後ろは……丘を少し下ったところから、森になっている。


 頭の向きを、元に戻す。


 広い草原。小高い丘。

 たった一人、ぽつんとそこに座っている。

 傍らには、自分の鞄。


「……みんなは?」


 がやついた教室の中から、僕ひとりが尻もちを着いた格好で弾き出されていた。





「は? ちょっと待って、次はどういう仕掛け? イキナリ大がかり過ぎない?」


 いきなり目隠しされて、連れ去られて回りの気配が消えてから抜け出すと、と噂の廃屋に置き去りにされていたことを思い出す。


 あれと同じパターンだろうか。

 けれど、それにしては大がかりすぎる。

 わざわざ外国に連れてくるなんて。


「それに……」


 あの、魔法陣は凄かった。

 CGの立体映像として、クオリティが高すぎる。


 そう、ここも、『すぎる』のだ。

 一介の高校生が虐め相手にドッキリを仕掛けるようなクオリティではない。


 廃屋でだって、もっと扱いが雑だったじゃないか。



 立ち上がって、辺りを見回した。

 風が吹き、緑の香りに包まれる。


 濡れていたはずの、髪の嫌な臭いがしない。

 ひと束とって嗅いでみた。

 臭いがしない。その上乾いている。

 鞄もだ。乾いていて、牛乳の臭いがしない。


 あの一瞬で?


 一気に現実感がなくなり、けれど風の感触と濃い緑の匂いが引き戻す。


「ここは、どこなんだ」


 あてもなくたたずんだ。


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