煌々

KuKi

第1話

店に明かりが灯り、鈴の音が鳴る。紅く燃えるような格子から白い女の手が揺れるのが見えた。


人にまみれた穂月通りを宗太は歩いていた。いや、流されていたと言うべきだろう。波と化した人々に呑まれそうになりながら宗太は弥太郎の声を頼りに進んだ。


「向かって左側におはしますのは抹茶花魁でござーい………」


朗々と花魁を言葉で飾り立てている弥太郎の声は雑然としたこの通りでもとても目立つ。


「抹茶様今日はいらっしゃるんだな。まだ奥に引っ込んだままかと思ってたんだが。」


隣で同じように人の波にもまれていた茅丸が少し怒鳴るように言った。そうでもしないと聞こえないのだ。


「紅蘭様のお加減が良くなったんだろう。」


宗太は藤萩楼を見上げた。格子の上部に張り出した窓に、煌々と光る提灯が下がっている。


紅蘭。聞けばこの島に花を愛でに来る男達は全員色めきたつだろう。傾城の美女。紅蘭はまさにその通りの女だった。燃えるような紅い髪に雪のように白い肌。長い睫毛の下からこぼれ落ちるようなその濡れた瞳で見つめられ落ちない男はいないという話だった。この島で働いている宗太でさえその白い手と紅い髪しか見た事がない。紅蘭の姿を見ることが出来るのは、この島の王、アテラギに許された者だけだった。


人の波が割れ、ふと宗太は我に返った。視界が開け、張見世の目の前に押し出される。格子の中からわっと声が上がった。


「宗太ちゃん」


「久しぶりじゃないか!何しに来たんだい?」


格子の中から手招きをされる。横から顔を出した茅丸がニマニマと笑った。


「羨ましいぞこんちくしょう。」


弥太郎が宗太たちに気づき、笑みを浮かべてこちらへやって来た。


「宗太さん。お待ちしておりました。」


「なんだい弥太郎。宗太があがるんだったら先にお言いよ!」


「あがりませんよ。お姉さま方。」


膨れる女郎達に宗太は笑いかけた。


「ちゃんとしてないと抹茶殿から雷食らいますよ」


「やめなんし宗太。人を鬼みたいに。」


上段に座っていた花魁がキセルで前にいる女郎の頭を小突く。


「お前達も落ち着きなんし。お猿さんが集まった楼閣と思われては、馴染みの旦那様方が逃げてしまわれます。」


花魁は優美に煙を吐いた。人混みから感嘆のため息が漏れると、抹茶はにっこり笑って見せた。


「流石は抹茶花魁だ」


「茅丸」


茅丸は通りの土埃で汚れた服をはたいた。宗太は花魁に笑いかける三つ上の親友を見つめた。

抹茶は少しの間、茅丸を見つめて直ぐに微笑んだ。


「元気でしたか?茅丸」


「ええ、変わりなく」


宗太はゆっくりその場から離れた。格子の中の女郎達もいそいそと客引きに戻る。あの二人を邪魔するような無粋者はこの場には居なかった。そうでなくても、抹茶の苦しげな表情を見れば邪魔する気にはならなかった。


「宗太さん。楼主様がお待ちです。」


「はい。」


宗太は茅丸に後で必ず来るように言うと、弥太郎の後に続いて藤萩楼の中へ入っていった。


◇◇

【用語】

島:この時代から10年前、陽の民達が所有していたとされる島を陽の民の末裔であるアテラギが統治した。陸側の港町に栄える商業地と、少し内陸側に広がる花街が有名。どこの国にも属さず、陽の民の名を振りかざして行うアテラギの采配により、小さな国ほどの材は築きあげている。もちろん港の反対側には農村地帯も存在し、宗太達のいる花街「煌郭街」以外にも遊郭はある。


煌郭街:島の港側に栄える花街。煌郭街の中央に位置する城にアテラギが居を構えている。アテラギの城周辺には高級遊郭である藤愁楼や、笠等津屋、五橋楼が立ち並び警備も相当厳しいものになっている。アテラギの城から端へ行くにつれ、遊郭のランクも下がり、客も手を出しやすい値の遊女が増えていく。警備も緩くなっていくが、港の商業地と煌郭街を繋ぐ「誘華通り」の警備は厳しい。

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