004 作者の意図を答えなさい

 玖恩さんが淹れてくれた紅茶が全員に行き渡ったところで、僕は司会の役目を再開した。

「じゃあ、まずは現状の確認から。今は午前八時三十分、いつもならとっくに朝食を済ませて各自プログラムに向かう時間だけど、今朝は朝食の配膳がなく、代わりに一人三本ずつ注射器が配られていた。出入口は二か所とも施錠されていて、貼り紙にはこう書かれていた。『本日中に自分自身の価値を証明せよ。合格した者のみが自由を得られる』。加えて、恐らく全員の能力について書かれたリスト。これ以上の情報はないし、誰も指示を受けてない。ここまではいいですか?」

「いいけどよー。なんで敬語なんだよ?」と天照さん。

「いや別になんとなく。司会だし」

「タメ口でいいだろー。よそよそしいのはよそうぜ、なんちて」

「……わかった、そうするよ」

 どうでもいいことのような気もするけど、確かに僕も少し大仰に構えてしまっていたかもしれない。

「それで、他に気付いたこととか、共有しておくべきことはないかな。些細なことでもいいんだけど」

 僕個人としてはとんでもない大事件が別に発生しているわけだけど、ここで共有すべき話ではないので置いておく。

「確認なんだが」と上井出が手を挙げる。

「この注射器だが、やはり皆も同じものを使っているのか? ちなみに俺はプログラムで能力を使うために打っている。つまり、『この注射を打つと能力を使える』という条件は全員同じなのか、という確認なんだが」

 その質問に一瞬だけ静まりかえったが、天照さんが答えた。

「ああ。あたしもそうだし、全員そうだろ。この薬を打たないと力を使えねーはずだ」

「補足すると」

 夜夢さんが引き継ぐ。

「症状は人それぞれでも、逸脱症候群の病理は皆同じ、脳の変異によるものだ。これまでの研究で解明された事実は大きく三つ。ひとつ、病巣を外科手術などで除去することはできない。二つ、薬品による制御は可能。三つ、能力の使用による副作用は個人差あり、といったところだ。天照さんが言ったように、逸脱症候群が疑われる子供は精密検査を受け、病名が確定した段階で全員が脳外科手術を受けさせられる。これは能力が無闇に発動しないように、この薬品を投与した時のみ能力を使用できるようにするためのものだ。特殊な脳内物質の分泌を促すことで一時的に能力が使用できる状態にし、かつ使用後は逆に鎮静させる効果がある。使用限度は一日に三回までとされている。能力の使用は脳への負荷が強いし、副作用もあるからね。酒や煙草と一緒で『やりすぎはよくない』ということだ」

 相変わらず一切の淀みのない説明。

 そう——いくら能力者だからといって、好き勝手に使い放題ってわけじゃない。


 能力使用には副作用が伴う。

 たとえば僕の場合、自律神経系にダメージを受ける。脈拍が乱れ、呼吸が困難になり、精神が不安定になる。

 発症したての頃は極度のパニック状態に陥ることが多かった。自分の存在だけがその場にフィットしていないような強烈な違和感を覚えて、居ても立ってもいられなくなるのだ。人前に出ることが怖ろしくなり、独りを望むようになった。

 あの日々が続いていたら僕は、自ら命を絶っていたかもしれない。

 同様に、他の人もそれぞれに副作用を抱えて苦しんでいるはずだ。

 しかし、では力を使わなければいいかというと、残念ながらそういう話でもない。無理やり能力を使わずに我慢していると、知らずのうちにストレスが溜まっていき、いずれ精神に異常をきたすらしい。

 つまりこういうことだ。

 僕たちは力を使いすぎても、まったく使わなくてもいけない。だから僕たちはその境目で、薄氷の上での綱渡りを演じ続けなくてはならないのだ。

 漫画やアニメで特殊能力を使い戦うヒーローは数多いが、この現実世界で能力者になったことを喜んでいるような子供は、きっと一人もいない。


「へえー、初めて知った。夜夢さんって物知りなんだね」

 と、美來が初めて発言した。

「そんなにたいしたことではないよ。むしろ君、これ程度のことも知らなかったのかい?」

 いたずらっぽく訊き返され、「な、なによう」とたじろぐ美來。

「何しろ自分のことだ、もっと勉強した方がいい。もっとも私は発症する前からこの病気に興味があったから、皆より詳しいということはあるかもしれない。あの大災厄の直後から突如として発生し始めた、ティーンエイジャーにだけ超自然的な力をもたらす奇跡のような奇病。興味深いと思わないかい? 宇宙誕生の謎に匹敵するロマンだよ」

 興味深い? 奇跡?

 この病気のことをそんな風に捉えたことが僕にはなかったので、その表現はそれこそ奇妙なものに思われた。

「しかし——木花さん、だったかな?」

 夜夢さんは美來の顔をまじまじと見つめ、

「君は実に魅力的な女の子だね」と真顔で言った。

「えっ? そ、そうかな?」

「ああ、実にそそる」

「ありがと。でも夜夢さんもカッコいいよね。なんか、カラスミって感じで」

 たぶんカリスマのことだろう。

「あはは、お褒めの言葉をありがとう。それじゃどうだろう、君さえ良ければ後でゆっくり私の部屋で講義の続きをしてあげるけど」

「ホント? お願いしちゃおっかな」

 ……いや、ちょっと待て。

 今の発言が妖しく響いて聞こえたのは僕だけか?

「そこ、雑談は控えるように」

 司会として注意を促すと、美來は不満そうにカップを持った右手を口に運ぶ。

 その様子に、僕はやはり違和感を覚えてしまう。髪が短くなった以上に、いつもと様子が違うような……僕が意識しすぎているのだろうか。

 と、それまで黙っていた華雅が焦れたように口を開いた。

「つまりさ、全員条件は平等ってことだろ? ここにいる全員、今日中に三回までは自由に能力を使ってよしって許可が下りたわけだ」

「リオン、てめーまた……」

「安心しろよ、ここでやり合うつもりなんてねーから。さすがに一人で全員相手にするってのは俺でも厳しいだろうし」

 安心しろと口にしながら、まだ物騒な想像力を働かせているらしい。それに今の口ぶりだと、そういう状況で真価を発揮するタイプの能力か。

 ……厄介だな。

「それはどうかな」

 僕は異議を唱えることにした。

「ここから先は慎重に考えた方がいい。なにしろ情報が少なすぎるし、今の時点でこの貼り紙の意図を正しく測るのは尚早だよ。それにもし能力の優劣を見るための実験だったとして、こんな危険な方法をとる必要はないだろ?」

 毎日棒で殴られてるお前が言うな、と自分に突っ込みを入れつつ、少しばかりハッタリをきかせて強めに否定しておく。

「僕の意見を言わせてもらうと、まったく逆だと思う」

「逆? なんだよそれ」

 華雅が睨みつけてくる。

「つまり、そういう危険な考え方をする人がいないかをテストされてるってこと。『自由』というエサにつられて、短絡的な行動に出る人がいないかをね。だからこの場合の正解は逆で、薬は使ってはいけない。今日一日、誘惑に負けず、一本も使わずに乗り切る。それが合格の条件なんじゃないかな」

 これはそれなりに説得力のある説だと思う。僕自身、半分くらいはそうなんじゃないかと、そうであってほしいと思っている。

「なるほど、それならこの状況にも説明がつくな」

「つまり一日大人しくしてりゃいいってことか。楽勝だぜ」

 上井出と天照さんが乗ってくる。

 よし、このまま押し通せるか。

「だとするなら、安全に決着をつけるために一番確実な方法がある。能力を使いたくても使えないようにすればいい。つまり、ここにある注射器を、この場ですべて叩き割るんだ」

 乱暴な提案だと我ながら思う。でも今の流れなら反対できる人はいないはずだ。注射器さえどうにかしてしまえば、万が一にも物騒な展開には——


「それはどうかな?」


 しん、と静まり返る。

 言うまでもなく、夜夢瑠々の声だった。

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