第131話 神出鬼没のからくり

 未来が起動した兵器は、リフレクションドールに搭載される戦闘補助兵器の中でも一番の威力を持つ爆弾である。

 メルトレイド一機に二発しか搭載されいないそれは、一つは頭部に、もう一つはコックピットのすぐ下に格納されていた。機体を自爆兵器に変えることを想定しての位置である。最悪の事態に陥った時、ただで死んではやらないという意地の表れ。

 メルトレイドの動力源でもあるレプリカは、裏を返せば命を固めたエネルギーの塊。それだけで兵器になりえる代物だ。


「衝撃備えて――」


 未来が爆撃による影響を勧告するのを掻き消し、命は爆ぜた。

 魔神に触れることで、その魔神を取り込もうとするレプリカの性能を用いた爆弾は、魔神に触れて初めて起爆する。


 魔神の力で魔神の命を狩る武器の威力はここに証明された。

 首に剣を飾り、空虚の右後ろ脚、折れた片翼。既に満身創痍ではありながら、果敢にリフレクションドールを破壊しようとしていた金色の目を持つ赤竜の姿は九割方を失っていた。

 血を覆う桜の木々にべちゃり、べちゃりと質量をもった赤い雨が降る。


 辛うじて残った魔神の身体。

 ぐちゃぐちゃになった肉塊は、どの部分がどの部位だったかはもはや判別不能である。身体の半分以上は爆発の火力で焼け、灰と化し、爆風で飛ばされ、存在を消している。金色の瞳がひとつだけ、赤の中で浮いていた。

 しかし、宝石のような眼球を確認できたのは、隼人の目だけである。


「――ここまでお膳立てされたってのに」


 切り札と言って過言でない武器を使用し、圧倒的力を見せつけたというのに、戦場を見る未来の顔は悔しさに塗られ、声は憤りに震えていた。

 その理由は隼人の目にも明らかだった。


「一匹いねえ……」


 直撃を受けた赤竜は身体のほとんどを失いながらも、多少の肉を残している。傍立っていたもう一体が赤竜も爆発は巻き込まれたとすれば、それ以上に肉体の名残があるはずだ。

 桜の桃色を汚す鮮血は、単純に見積もって一匹にも満たない分しかない。


「どうして、いや、どうやって……?」

「……さっきもだ。確かにいたはずなのに、一瞬で消えた」


 余裕なく戦闘に身を投じていた二人は、魔神を見失い、束の間の時間を得る。集中を切らさずに、それぞれが魔神の消えた行方に考えを巡らせる。

 考えられるとすれば魔神の固有能力であるが、それを疑う前に彼らにはひとつ、思い当たる事象があった。この地に侵入した直後に起きた魔神の出迎え、前触れなく表れた世界境界線。

 隼人と未来は「世界境界点」と声を重ねた。


「土地の配置は僕らにはどうしようもない」

「……いつ出てくるか、いつ消えるか分からないか」


 原因に察しがついたところで、対処法は思い浮かばず、未来と隼人は眉間にしわを寄せて唸る。漠然と移動し、動いた先で魔神が待ち構えている可能性を考えれば、下手に動き回ることは得策ではない。


「スレイプニル、とりあえず、この隙に破損箇所修復」


 隼人は右肩に手を当てると、繋がる腕の感覚を確かめるように持ち上げて動かす。パイロットの実体に影響はないが、感じた痛覚は現実であり、リフレクションドールの右腕はない。


「え? ああ。応急に物質が欲しいなら、あのどろどろ肉で我慢してくれ」


 スレイプニルと隼人が会話するのに声は必要ない。今も隼人はわざわざ声に出さずとも、思うだけでスレイプニルとの意思疎通は可能であった。


「未来。腕の再生なんだけど、予備パーツもないし、一から再生する時間はないし、あれで賄うから地上に降りるぞ」


 あれ、というのは魔神であった肉である。

 未来は一瞬だけ嫌そうに顔を歪めたが、すぐにその感情を消し去ると「許可」と短く返事をする。片腕を失ったままでは右側が死角になる。使えるものを使って修復できるならば、しないにこしたことはないのだ。

 リフレクションドールは赤色の中心に降下していく。

 桃色の絨毯の上に立つように、桜の木の直情で止まった機体は、その場で膝を折った。跪くような形で失った腕を取り戻すように、右肩を魔神であったものに近付ける。


「修復中、不意打ちの対応は任せる」

「うん」


 ぼたぼたと大きな血液の滴を落しながら、肉が浮き上がる。赤い物質は意志があるかのようにリフレクションドールに吸い寄せらていった。右腕を作り上げるように形を作っていく。


「うっわ、気持ち悪」


 思わず漏れた未来の本音に、隼人は乾いた笑いを零す。隼人の右腕には再生の感覚が伝わっていて、肌にむず痒さが走った。


「少尉、応答」

『……はい、なんですか。須磨君』


 呼び出しされたカトラルの声は沈んだ響きである。現場に駆けつけられず、何の力にもなれていないことへのやるせなさが隠せない。

 研究所へ移動、とは言われても、それは適当に桃々桜園を徘徊するのに変わりなく、カトラルは遭遇する低級魔神を潰しながら道を探していた。


『こっちは異常なしです』

「知ってる」


 燻ぶる戦意はやり場がなく、カトラルの心を貪っていた。

 力を振るえるなら、辿りつくのが若桜のいる研究所ではなく、隼人たちが世界境界と交戦する場でもいいと思うほどには屈折した神経の持ち主である。

 そもそも、世界境界の血飛沫に染まることを夢見る青年にしてみれば、今の隼人の立ち位置は変わって欲しいくらいのものであった。


「間違っても戦えるなら世界境界でも――むしろ、世界境界がいい、とは思わないでね」

『…………はい』


 それなりの付き合いである未来にはカトラルの考えなどお見通しだ。前もって釘を刺され、カトラルは溜め息と一緒に両手を上げて見せた。

 嫌々に首を縦に振るカトラルに、未来は呆れたように頭を抱える。


 未来とカトラルが通信を交わす間に、リフレクションドールの新しい右腕は大雑把にでき上がっていた。骨があり、肉がつき、皮で覆われているわけではなく、肉だけで全ての部位を補うように造られた腕は一言で言えば、禍々しい。

 真っ赤な手を握り、開きを繰り返し、指先まで動くかを確かめる。試しとばかりにぶん、と腕を振ると、未だに乾かぬ血が弾け飛んだ。


「未来、とりあえず、腕は――っ!?」


 隼人も未来も集中を切らした訳ではなかったが、至近距離への唐突な出現に息を呑んだ。まるで空間を裂いたかのように現れ、赤竜は鱗を輝かせる。

 元より不意打ちに待機していた未来は、魔神の姿を捉えると同時にスタンボムを発射させた。

 すぐ傍での爆発に機体を揺らしながらも、リフレクションドールは魔神から飛び離れる。


「さて、どうしようか」

「……こっちはまだ無傷も同然か」


 何度か爆弾に当てられてはいるが、目に見える負傷はなく、赤竜は力強く咆哮を上げていた。

 隼人は一度、深呼吸をすると、改めて操縦桿に手を添える。突然に繋がる土地が変わる、配置の分からない隼人たちと異なり、魔神たちは理解した上でそれを利用しているのはもはや明らかであった。


「むやみに突っ込むだけはもう無理だと思った方がいいね。……奥の手も見られたし」

「動きが追いきれないのは厄介だな」


 隼人はぎゅうっと目を瞑ると、研ぎ澄ましていた感覚を解く。視力があるのに越したことはないが、気ままに姿を消す相手に、長時間に視力を使うことは疲労を蓄積するだけである。

 武器を魔神と共に爆破したリフレクションドールは、新たに剣を構えた。もうスペアはなく、剣型の武器はこれだけだ。他に主力武器になり得るとすれば、二丁の銃であるが、爆弾をものともしない魔神にどれだけ通用するかは未知である。


「……!」


 先手に動いたのはリフレクションドールではなく、魔神の方であった。しかし、攻撃に出たのではない。


「また消えやがった!」


 戦いのし辛さに隼人は悪態づく。ぎりり、と歯を食いしばり、四方へ警戒を張る。焦りの見えるパイロットに対して、未来は冷静に戦場を窺っていた。


「…………おかしい」


 魔神の消えた位置は、先ほどまでリフレクションドールが腕の再生に停止していた場所。


「リフレクションドールは、さっきあの位置からここまで動いた」


 未来の指が地図を叩く。隼人は視線を横に流し、未来に指定され地図にマークされた位置を確認した。


「あそこに配置変異点があったなら、僕らの視界から魔神が消えてなきゃ可笑しい」

「ん?」

「一定変化じゃない……? でも、それを魔神が瞬時に理解しているとは……」


 隼人は未来の言葉の意味が分からず、口を挟めずに黙りこむ。

 思考に集中しすぎれば、注意力散漫になり、反応が遅れるかもしれない。周囲に気を配りながらも、隼人は、持てる余裕ぎりぎりで物を考える。

 しかしながら、努力虚しく、隼人が理解するよりも、未来が答えに辿りつく方が早かった。


「――土地配置の変更点をいじって、テレポーテーション代わりってことか」


 未来の瞳が見つめるのは赤竜の消えた空虚ではなく、天空に浮かぶ第八世界境界。ペリドットの瞳は感情を浮かばせずに戦場を見下している。

 憎々しそうにする未来の声に遅れること数十秒、ようやく意図することを理解した隼人は「黙ってると思ったら、姑息なことしやがって」と同じく沈黙を守る世界境界線を見上げた。

 ほぼ無意識とはいえ、オーディンに許可されたスレイプニルを連れる隼人が、第一境界点の影響圏内でやっていることとまるで同じことである。

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