第130話 舞台は転じて襲来の轟
「未来。俺的には相手がまとまってた方がやり易い」
「同意。二体を下手に引き離さないようにしないと、距離をとって挟まれたら対処し難い」
隼人と未来が見せる戦闘パターンを魔神は学習している。といっても、瞬時に攻略される訳ではない。長期戦に持ち込めば不利の割合は増加していくが、逆を言えば、短期決戦で片付ければこちらの疲労も被害も最小限に抑えられる。
「手ごたえはある。形は世界境界でも、魔神でしかない」
一旦、距離を取った状態でも、隼人は集中を切らさずに戦闘思考を巡らせ続けていた。瞬時に適応できるように、他に思考を外すことなく目の前の敵だけに意識を尖らせる。
アスタロトと同じ姿ではあるが、その右足を落とすことも、翼を折ることも可能だった。攻撃は通っている。
「隼人、いいね? 狙いは頭、首、心臓」
「先手必勝!」
威勢良く意気込む隼人は開いた瞳を光らせる。自分の能力を出し惜しみはしない。
不完全ながらも隼人は生体兵器である。ドールとして身体をいじられている彼は、人工強化された五感を持ち得ていた。そのほとんどが人よりも多少優れている程度の能力であるが、唯一、視力ばかりは人間の常軌を逸して働く。
隼人の目には二体の赤竜の動きが細かな動作まで見切れた。
「左右に中距離ミサイル、爆撃同時に――」
「やる」
瞬きを忘れ、開き切った瞳孔に赤い影を映す隼人は、未来からの合図を待つ。
研ぎ澄ましきった視界では、赤竜たちの動きどころか、花びらの細かな動きも読み取れた。多少の無理で突っ込んでも、回避も防御も最善を行える技能が隼人にはある。刺し違えることなく、魔神の首を落すイメージは固まっていた。
隼人の思考回路で動くリフレクションドールは、パイロットの心理を映し、好戦的に剣を構える。
「隼人!」
「任せろ!」
未来の戦闘補助システムの管理下で、リフレクションドールから爆撃が放たれた。弾道を追うように、機体は赤竜――折れた翼の右側の魔神へと突っ込んでいく。
「馬鹿早すぎ! これじゃ爆発に巻き込まれる!」
爆発前から動きだした機体に、ぎょっとして未来は声を荒げた。が、その声は隼人の耳に届くだけで、受理されることはなかった。
数回見たスタンボムではなく、初見の中距離ミサイルであったからか、魔神たちは回避行動をとらないどころか、ミサイルに見向きもしなかった。詰め寄ってくるメルトレイドだけを敵と認識している姿は滑稽である。
ミサイルは対象との衝突を切っ掛けに、轟音を破裂させ、火薬を爆ぜさせた。
当然、攻撃圏内のリフレクションドールも爆発の衝撃に機体を揺らす。一瞬で硝煙に囲まれ、視界は濃度の濃い煙に支配されてしまう。
赤竜たちにリフレクションドールの姿は見えず、リフレクションドールにも赤竜たちの姿は見えない。未来はモニターを埋める煙に舌打った。
しかし、隼人の表情は浮かないオペレーターと正反対である。
「――もらった!!」
日光すら遮るだろう厚みのある硝煙。障害に隠された魔神の姿を隼人の目は看破する。
正確には魔神の姿が見えたのではなく、本当に微かな差である煙の濃淡と、空気の流れに動く煙の動きを見切ったのだ。滞空するために翼を動かす魔神は気流の根源に存在する。
隼人は赤竜の首を落す確信を持って切り上げた。
剣を地から空へ、仰ぎ切る。
「え?」
途中で刃が止まらないようにと、力一杯、思いっきりに振り上がった剣は何の成果も出すことができず、ただ空を切った。空振り。
肉に刃がかかる感触が伝わってこない。
煙を裂いた剣は動きとを止めず、滑らかに戦闘に構える位置に戻った。右手が主体で柄を握り、左手が添えられる。
「今、確かに、切ったのに」
「何……、どうしたの?」
隼人の先走った行動を注意はしたものの、自信満々に迷いなく攻撃行動をしたパイロットに考えがあったことは未来にも伝わっていた。が、結果、隼人は呆けた声を上げるだけ。
「……消えた」
呟くと同時に、隼人は視界を遮る煙の中から脱出すべく機体を後ろに飛ばす。最大限に感受性を高めた視力はそのままに、周囲を忙しなく見回すが赤竜の存在を認めることはできなかった。
何故、と疑問に思う少年に答えるように、退くメルトレイドの背後から咆哮が轟く。
「なっ、ん!」
「っ!?」
隼人が守備に動くより、未来が緊急回避にシステムを起動させるよりも、赤竜たちの攻撃が先であった。
リフレクションドールの背後に現れた二体。
片足を失っている一体は大きく開いた口でリフレクションドールの右肩を食らい、牙を突き立てる。簡単に食い込みはしないが、ぎ、ぎと軋む音と共に金属がへこむ音が紛れた。無傷の一体は長い尾を敵影とは逆に大きくしならせると、ぶん、と一気に蓄えた距離分の加速を乗せ、白い鋼を打ち払う。
「ぐっ、――ったぁ」
「――――!!!!」
不意をつかれ、攻撃を受けたリフレクションドールはその衝撃すべてを食らう。
大きく揺れる機体に操縦席の内で身体を打つ未来の痛みはまだいい方であった。
今のリフレクションドールはスレイプニルの力を溶かし、彼女の身体そのものである。スレイプニルと契約する宿主である隼人は、スレイプニルが身に受ける痛みすべてを負担する。身体に走る痛覚に、隼人は呻き声も上がらなかった。
「―――――――!!!!」
「隼人っ!! 大丈夫なの!?」
「――んっ、ぐ――くっそ、痛ってぇ!!」
右肩を固定する牙のせいで、尾に打たれた勢いに機体が飛ばされることなく、未だに二体の赤竜の手の内にリフレクションドールはある。
右足を削がれた恨みとばかりに、右肩から武器を持つ腕を落そうとする牙は、緩やかな速度で外皮に穴を開けようとしていた。もう一体は再びに尾を持ち上げ、打ち方を構える。
ミサイルの作り上げた硝煙は消失しつつあり、視界は開けていた。
「んのや、ろ……! そう、何度も、やらせるか!!」
リフレクションドールの自由な左手は、囚われた右手から剣を奪い取り、その剣を竜の首へ垂直に突き立てた。
メルトレイドの動きを止めるために、動きを止めたのは魔神も同じ。
鋼の切っ先は鱗を貫き、ずぶりと肉に食い込み、侵攻していった。最後には、刺し入ったのとは反対側の鱗を押し剥がして刃を血肉の壁から突出させる。
首に刺さった剣の痛みに魔神は口を離すどころか、痛みをこらえるように歯を食いしばり、拘束をより強いものにした。
「っ――、未来頭気をつけろ!」
まくし立てるように注意を叫んだ隼人は、操縦桿を限界まで横に倒す。
「えっ、ちょ!!」
未来はリフレクションドールの動きに驚愕するしかない。
首に剣を刺されてはいるが、完全に切り落とされてた訳ではない魔神は存命である。固定されてしまった右肩は未だ動かすことはできない。
隼人がとった行動は、その肩を拠点に、腕を捩じ切る動作。
ぐるり、とその場で回転し、自ら腕を千切り落としたメルトレイドは、上下を逆にして二体の魔神を視界に入れる。
空を赤い尾が泳いだ。
「や、れ!! 未来!!」
隼人の言葉に、未来は自分の真横にあるバーチャルディスプレイを壊さん勢いで叩いた。
戦闘中、未来はたくさんのディスプレイに取り囲まれている。そのひとつひとつが未来の作り上げた操縦補助や攻撃援助のための補助システム。ミサイルの発射であったり、メルトレイドとパイロットの回路を強制切断したりを可能にするものだ。
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