第79話 世界で一番美しいもの
「ペアの機体と並列で担当地区まで移動。到着次第に報告。出撃後、一度、共有回線を切るよ」
未来はぱちん、と手のひらを打ち鳴らした。
「作戦開始、全機出撃」
順々にメルトレイドは格納庫を抜け出る。
大空へと飛び立った十二機のメルトレイドに乗るパイロットたちは、戦闘に長ける精鋭である。
単純に、出撃できる機体数あるだけ出撃すればいい、という話ではない。人狩りの規模も期間も未知数で、たった一戦で枯渇するような不用意な消費は避けるべきなのは当たり前。
レプリカも、メルトレイドも、パイロットも、代えが利くようにしておかなければならない。
結果、作られたのが、専有機を与えられたエースパイロットも含まれる特別班だ。
「俺の名前はアーネスト・グレイ・カトラルって言います」
要望通り、隼人との二人組が実現したカトラルは、出撃中にも関わらずに、のんびりと自己紹介をした。
通信回線は二機だけを繋いでいて、未来の手からは離れている。
「知ってますよ」
「そうでしたね」
カトラルのが適当で隼人を名指ししたわけではない、ともはや疑う余地はない。
隼人は名乗り返さずに「……俺に何かご用ですか?」と問った。口調は穏やかであるが、目には冷たさが見え隠れする。
うっすらと威嚇を見せる隼人に、カトラルは軽薄に笑って見せた。
「少し、話がしてみたくて」
話をするにしたって、このタイミングでか、と隼人は素直に彼の自由さに瞬く。
「いいんですか? 俺のこと告げ口しなくて」
「うちの優秀なオペレーターがスルーしてますからね」
カトラルが一言、隼人の存在を明かしてしまえば、戦場は一瞬で混迷に呑まれるだろう。
しかし、彼はそれをしないし、する様子もない。とはいっても、彼が隼人を見過ごしているのは、円滑な軍の作戦行動を守るという殊勝な心がけでもなく、未来にすべてを放っているからでもない。
単純にやりたいようにやっているだけ。
それは誰の目にも明らかで、隼人の中の警戒心が僅かに解れる。
「それに、君との戦闘が不完全燃焼なのは心残りですけど、第八境界線を殺すのに君が必要かと言われると何とも」
「……はあ」
美濃に騙されてSSDに引き渡される形になった隼人は、てっきりと誰もが自分を兵器として扱うのだ、と考えていた。それが、未来には「一般人は帰れ」とせつかれ、カトラルには「必要かどうか微妙」と評価される。
SSDの実験体であるとは知りながらも、”ドール”と言う名と”世界境界に代わる”という目的を自覚していなかった隼人は、百合子の持つ論文を読んで結構なショックを受けた。自分の知らなかった自分――それを簡単に評価されることは、それはそれで複雑であった。
「君だってここにいるってことは、作戦参加なんか御免なんでしょう?」
「まあ、そうですね」
「ですよねー」
安穏とした会話をしつつも、メルトレイドは所定位置に向かい、真っすぐに空を駆けている。
隼人の手首では擬似コネクタが、ちゃりちゃり、と金属を擦らせる音を鳴らしていた。実地で使ったことはない、と未来は言っていたが、状況からして問題はないようである。
そもそも、未来も隼人も擬似コネクタの不備、などと言う不安は微塵も考えていないが。
「俺が君でも絶対嫌ですもん」
ははは、と笑い飛ばすカトラルはおおよそ軍人らしくなかった。
不真面目であるのか、ふざけているだけなのか、考えても判断要素を持たない隼人には真実は分からない。
「何を考えてるんですか」と不躾な質問が隼人の口を出る。
「俺?」
孤を描いていた口元を逆に曲げ、カトラルは首を傾けた。考えあぐねた末に「戦うこと、ですかね」と他人事のように答えた。言ってみてからしっくりきたのか、カトラルはもう一度同じ台詞を呟くと、ペールグレーの瞳を柔らかく細める。
「君はこの世で一番美しいものは何だと思います?」
まるでおとぎ話のような質問をするカトラルに、隼人は少しの考える間もなく「始まりの雷鳴」と回答した。少しは偽ればいいものを、率直に思うままに答えを言う当たりは、隼人とカトラルの共通点かもしれない。
「へ?」
即答された答えに、カトラルは目を丸くする。
隼人の言うそれが、第一世界境界であるのは彼にだって分かる。が、その名がでてくるとは思いもよらなかった。
「……それって、深読みした方がいいんですか? それとも、俺が期待しとくべきなんですかね」
「? どういう?」
世界境界を見たことがあるのか、美しいの意味を分かっているのか、突っ込みどころしかない隼人の意見を否定せずに、カトラルは「俺もある意味では、君と同じです」と微笑んだ。
「俺、魔神の血飛沫が世界で一番美しいと思ってるんです」
今度は隼人が目を丸くする番である。
「魔神の、血?」
「彼らに血が流れていなければ、パイロットなんてやってませんよ。魔神がそうなら、世界境界もそうでしょう?」
隼人は血液を美しい、美しくないで見たことはない。そもそも、見たいと思うものではないのは確かだ。
少しばかりの嫌悪感が、少年の心の中に生まれる。
「世界境界の血飛沫をこの目に焼き付けるまで、死ねない、とここに座るといつも思うんです。君があれを美しい、というなら、始まりの雷鳴の血飛沫は相当に俺を感動させてくれるんでしょうね」
うっとりとしたカトラルに対して、隼人の表情は固い。始まりの雷鳴――オーディンが血飛沫を上げるようなことがあれば、絶対死守しなければならない。
想像してみて、反吐が出そうだった。
「君は素直ですね。顔に出てますよ」
くすり、とカトラルは控えめに笑った。キーのはまった手を緩く握り、口許に当てる。
「じゃあ、言葉にして言います。貴方の考えは俺には分からない」
「その辺は個人主観ですから、分かってもらおうとは思いませんよ。でも、やっていることは同じじゃないですか」
魔神を殺すこと。
一撃確殺を念頭に置いて討伐に当たる隼人と、血飛沫目当てで、致命傷でない出血傷を狙うカトラルとでは、厳密な動きは違うが、結果的には同じところに辿りつく。
「貴方のしてることは俺とじゃなくて、一ノ渡若桜と一緒ですよ。人と魔神とが置き換わっただけ」
「人と魔神は同列ですか?」
「命は命。人も、魔神も、世界境界も一緒です」
「……血飛沫は嫌うものっていうのは、まあいいでしょう。じゃあ、世界境界に家族を奪われた人は、君の回答を聞いてどう思うんでしょう?」
「……」
「大切な人を奪った相手を美しい、と言われて、そうですね、とは言えませんよ。まあ、俺は分かってもらおうと思わない分、人の嗜好にも口出しはしませんけど」
隼人は押し黙った。
咄嗟に言葉が浮かばない。
顔も知らない他人に気を回しながら生きるなど、不可能だ。相容れない存在は必ずいるし、分かりあえないことは無限にある。
「軍人に家族を殺されたとしたら、魔神万歳って気持ちになるのかもしれませんね」
ほんの数分前にはなかった溝が、二人の間にあった。
ぎすぎすとした空気、隼人はカトラルの言い分を理解できながらも、主張を退けようとも、取り繕おうともしなかった。
隼人の過ごしてきた人生の中、オーディンは至上に美しかった。それに、魔神の血飛沫を美しい、と称することには納得できない。
「はは、難しい顔してますよ」
「……」
レジスタンスと軍人とで対立したわけでもない、ただの談話での意見の不一致。
引き際のない言い争いは、隼人を気疲れさせるには十分であった。
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