第27話 存在を共有していても心は別

 一連の流れを、五番機からの映像で見ていた未来は『まさか、専有機?』と驚嘆に声を漏らした。


 汎用機と専有機。


 その違いは機体自体の性能でではなく、原動力の違いで分別される。メルトレイドのスペックは、そのエネルギーとなる魔神の強さに左右されるのだ。


 魔神をエネルギーだけとして使うのなら、メルトレイドは汎用機として機動する。レプリカに充填する魔神は、どんな魔神でも構わない、個体によるエネルギー換算量に変動はあれど、そこに魔神の意思は介在せず、本当にエネルギーとしてしか使用されない。


 専有機とは、魔神の異能を反映させ機動するメルトレイド。


『突然現れた魔神、動かなくなった旧機、氷を扱う専有機ね』

「……」

『……カトラル少尉?』


 SSDの司令室が、専有機の言葉に尻込みする中、現場の一人は、強く操縦桿を握りしめた。

 ぞくぞく、と背筋を駆け昇る恐怖と戦慄に、カトラルは興奮を隠しきれなかった。


「須磨君」


 カトラルの求める判定は彼自身にだって可能だ。


 それでも、未来からのゴーサインを待ったのは、作戦中だからなのか、目の前の光景が自分の欲求不満による妄想だとと思ったからなのか。


『相手方、現行機を専有機と認識。同時に魔神の姿を確認、敵二機のパイロットをマグスと判定』


 はあ、と甘美に吐息が落ちる。


「楽しく、なってきましたね」


 狂喜の叫びであった。


「好きに動ける許可が下りてよかった」

『一応、助けてもらった借りはあるんだけど』

「騎士道なんて知ったことですか。引きずりおろしてからでも、お礼を言うのは遅くない」


 今、SSDで戦闘行動をとれる機体は、カトラルの搭乗する三番機のみ。


『! 広範囲に衝撃波予想。五番は自力離脱できるなら、今すぐ現場から離れて。録画は中止していいよ』

『須磨っ、何してる!』

『何って、戦闘行動。――です』


 俄然、やる気に火がついたのはエースだけではなかった。


 指令室の中、いつもつまらなそうに仕事をこなす少年の目も、生き生きと輝いていた。指令室のざわめきも混乱も、今の彼に聞き入れる耳はない。


 送られてくるメルトレイドの視界映像と、オペレーションシステム――未来自身が作り出した数多の補佐システムだけが、今の彼の世界だった。


『機体の外装温度が低下』

「でしょうね。こっちは猛吹雪ですよ」


 吹き荒ぶ風に、雪が相乗する。視界を奪う白は、温度をも奪い去り、強制的に極寒を訪れさせた。


 強風に煽られながらも、カトラルはアイスワールドの姿から目を離さない。


 今、飛び出で行くのは得策ではない、瞬間を待たなくては。確実な時、を。


『分かってると思うけど、まだ駄目だよ』

「ええ」


 未来とカトラルは実験のことなど、頭の片隅に避けている。試力実験の中心、四番機のパイロットも周囲の冬季襲来に戦慄いている。


『ちょっとやりすぎじゃない! 視界不良!』

「これでいい。これならあの影は動けない」


 美濃の言葉通りであった。影は寒さから身を守るように、四番機の手の当たりで大きな塊と化している。しかしながら、アイスワールドのモニターに映るのは白一色、今の四番機の状態を把握しているのは、四番機の搭乗者たちと未来だけだ。


『どういうこと?』

「さっさとスレイプニルを回収しろ、ってこと」

「さっさとって、見えないし!」


 隼人の目が拾ったのは、スレイプニルでもなければ、その魔神が寄り添っているであろう四番機ではなく、白い目くらましの中、敵を討つ執念で構える三番機であった。


「美濃君、三番が戦闘準備で待機してる」

「……カトラルか」


 氷柱は情け容赦もなく、三の数字を貫く。


 それでは飽き足らずか、カトラルの腕を評価してか。もはやアイスワールドの掌の上となった戦場、SSDの汎用三番機は四方八方からの氷の矢に自由を奪われた。

 地に向かって落ち始めて、ようやく氷撃が止む。


 たとえパイロットがどんなに優秀であろうと、機体性能が雲泥の差だ。


 アイスワールドを越えられない三番機に、勝ち目は僅かにも残されていなかった。


「これで邪魔はないな」


 この現状、フロプトに敵はない。


 真っ白な世界。

 美濃と隼人の乗り合わせるアイスワールドの他に、その世界に存在するものは、氷で作られた巨大な籠と、影を抱えたSSDの汎用機と、一体の魔神。


(スレイプニル、戻れっ!!)


 隼人は張り上げられるだけの強い意志で、自分と身体を共にする魔神の名を呼んだ。


 返事はない。


 吹雪の目くらましがうっすらと和らぐ。ほんの少し、視界が透過する。万人が不明瞭を訴えようと、それだけの変化で隼人には十分だった。


「……見えた!」


 スレイプニルは四番機を前に、その八本すべての脚を止めていた。猛吹雪など幻惑であるかのように、身体は微動だにしていない。強風にたてがみだけが靡いている。


『近づいて、大丈夫なんでしょうね?』

「ああ」


 ほんのつい数分前の過去、フロプトは正体不明の暴走兵器を前に、大きく距離を置いていた。未知の力に無防備に近づいていくことはできなかったからだ。


(スレイプニル!!)


 隼人は依然、反応のない魔神を呼び続けている。


 今の二機のメルトレイドの間は、五メートルほどだろうか。アイスワールドはスレイプニルのすぐ後ろで足を止める。


 影はうねりもせず、その大きさもメルトレイドの手の上に乗るような、人ひとりを覆い隠す程度の大きさになっていた。


(スレイプニル……)

『見ろ、七代目』


 魔神は何度目か分からない呼び声に、ようやくと返事をする。返事、と言うよりは、ついに極まった心情に声が漏れただけかもしてない。

 スレイプニルはこの昂りを誰かに、聞いてほしかった。珍しく、普段は隼人の頭にだけ聞こえる声が、肉声であった。


「?」


 隼人は促されるまま、スレイプニルの先を見やろうとした。


『どれだけ、探したことか』


 しかし、彼の行動は叶わなかった。

 どくり、と心臓を締めつける力は、一層に隼人を苦しめ、彼の限界を早めた。


「あ、ぐっ、――うっぐ」

『隼人っ!!』


 雅の悲鳴は、時機を失っていた。


 隼人の見開かれた眼球が小刻みに痙攣し、ぽたり、ぽたりと鼻血が滴を落とす。


 ぐらぐらと揺れる視界は彼の思い違いではない。内壁や、操縦席に体のあちこちをぶつけながら、隼人は床に伏せた。痛む心臓を押さえ、うめき声を上げながら、狭いコックピットでのたうつ。


「ヒナ! おい!!」


 美濃の呼びかけにも隼人は応じることができない。意識を失えれば楽だろうに、痛みがそれを許さない。いっそ死んだ方がまし、と思わせる発作に、美濃は舌打ちする。


 宿主の異変に気付いたのか、スレイプニルは怪訝な顔でアイスワールドに振り返った。


『スレイプニルのせいなの!?』

「きっかけはな!」


 美濃はアイスワールドの通信機の設定を、屋外へのスピーカー音声に変更する。


「いい加減にしろ! 宿主が死んで、お前もこの世界から消えるぞ!!」


 魔神の背に最大出力で叫んだ。吹雪にかき消されることなく、美濃の機械変声した絶叫がスレイプニルの耳に届く。


『っ!!!! 七代目ッ!!』と魔神の声は悲痛に割れる。


 魔神に痛覚はない。この世界での魔神の負担は、宿主が負うのだ。

 限界を迎えようとしていた隼人に、スレイプニルの動揺は刺激が強すぎた。人間が請け負いきれるだけのものではない。


「遅ぇんだよ!!」


 魔神の姿が消えたのを見届け、スピーカーを切るとアイスワールドをその場から退かせる。


「雅、あいつを連れて倉庫に行け」

『え?』

「スレイプニルの足で帰る」

『でも、隼人がその状態じゃあ』


 不測の事態。それでも、雅の声は美濃の判断に賛同しかねている。


 スレイプニルを扱う隼人が苦痛に呻いているのだ。その彼の魔神の足で帰る、と言われても、彼女は、はいそうですか、と了承するわけにはいかない。


「ヒナは大丈夫じゃねーけど、スレイプニルが戻った」

『本当に? 百パーセント帰ってこれる?』

「当然だろ」


 コックピット内は、打って変わり、静寂を取り戻していた。背後に倒れる少年が、足掻くのを止めたのだ。


「それと、相島には気取られるなよ」

『……了解、オペレーション中止するわよ』

「ああ。準備ができたらサインだけ送れ」


 雅はその場を離れるのをほんの少しだけ渋った。


『ちゃんと帰ってきてよ、二人とも』


 返事を聞かずに言い逃げる。ぶつり、と電子音が鳴った。美濃が通信切断と表示された画面を指ではじくと、バーチャルディスプレイがぱちんと弾けて消える。


 アイスワールドは、籠の中に戻った。


 氷壁に囲まれたその中では、破損のない旧機のメルトレイドが崩れ落ちていた。その隣に両の足で立つと、手を天に伸ばす。


 空を塞ぐ天井を作り上げるためだ。


 乾いた音が鳴ればなるほど、篭は閉鎖空間へと近づいていく。


「……アア」

「ヒナは無事かよ、スレイプニル」


 鼻血を服の袖で拭い、紫がかった深い闇色の瞳を携えた隼人は、絶望の表情で遠くを見ている。


「……ワタシは、七代目になんてイうことを」


 隼人の身体にスレイプニルの精神。


 スレイプニルは両手で頭を抱え、操縦席の上部に額を打ち付ける。後悔の表れなのだろうが、それを実行する身体が罪悪感を抱いている相手なのだから、反省点は増えるばかりだ。

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