実験と兵器
第23話 奇跡は奇跡と巡り合う運命なのだ
警報が鳴る。
ということは、軍が対処すべく動く、という行動表示でもある。
エースパイロットといえば軍きってのやり手で、誰よりもうまく機体の操縦をする撃墜王。
その名を若くして手にした男は、意味もなく乗っていた愛機の中で瞑想に勤しんでいた。
穏やかな時間はそう長く続かない。
聞こえてくるけたたましい警報に、通信回線を開けと命令するコール音。
カトラルは緩慢な動作で瞼を開いた。
起動準備もしていないコックピットは、薄暗いはずであるのに、眼前にあるバーチャルディスプレイが朗々と点滅している。
手袋で隠した左手が”呼出中”の文字を叩く。
「はい。汎用A三機、カトラルです」
『……遅いんじゃない、カトラル少尉』
開通された通信は、エースパイロットを咎める言葉から始まった。
映し出される司令本部。
身の丈に合わない椅子に座る未来は呆れ顔だ。それを気にも留めずに、操縦席に座る男は柔和に微笑む。
「あれ、今日ってお休み取ってませんでしたっけ?」
『取ってた僕より準備が遅いってどういうこと?』
隼人と別れた後、未来は遠隔指揮車両で仕事をこなしながら日本支部へと連れてこられていた。そこに少年の意思はない。
秩序崩壊した私服から赤い軍服に着替え、未来はすっかり仕事へと切り替えていた。軍事など生半可な気持ちで携わる仕事ではない。
少年兵はカトラルを責め立てるように目を細める。
「須磨君が早すぎるんですよ」
『よく言うよ、どうせ乗ってた癖に』
「癖なんですよね。ここだとよく集中できる」
『僕、メルトレイドに乗ったことも、現場に出たこともないから』
「キミは出ない方がいい。それは命を投げ捨てることと同意だ」
カトラルは笑みを絶やすことなく、優しく説くように言葉を選ぶ。
戦場に立ったことのない軍人を馬鹿にする物言いいではなかった。ただ先輩として、戦場に立つ者として、純粋な意見を述べているだけ。
表も裏もない。
思ったことをそのまま口にしただけの意見に、相手は返事をしなかった。未来の無言に思うところもなかったのか、カトラルは「司令室からの通信に応答すると、一も二もなく現場に投げ出されますからね」と次の話を投げかける。
通信相手の少年はちらりと横目で周囲を確認した。
厳格な空気が支配する司令室。
そこに居合わせるのは未来とたくさんの上級軍人しかいない。濃い深緑の軍服を纏い、誰もが胸元に勲章と記章を掲げている。上級軍人に許された緑服は、それだけで権力を示している。
権威を持たない未来は、一瞬にして訪れた居心地の悪さに溜め息を吐きたくなった。
代わりに、モニターの中で笑顔から表情を変えない青年を睨む。
『スピーカー音声だから、聞こえてるけど』
彼には分からないのだろうか、この空気の悪さが。
「知ってます」
反省の色は一切なく、楽しそうですらある。
これ以上の話は無駄であり、早く出撃をという上層部からの司令は、声に出されなくても分かる。
普段の司令室は必要最小限にしか人がいない。監督役に交代制で常勤の緑服が一人と、作戦担当のオペレーターが必要な数いるだけである。
今日の観客の多さには理由があった。
『カトラル少尉、準備は?』
「やだなあ、アーニーでいいですよ」
『アーネスト・グレイ・カトラル少尉、準備は?』
「はは、今やります」
メルトレイドの起動は、搭乗者の神経回路と、機体の可動回路とをつなぐことから始まる。
神経接続のために必要なのが、信号変換と回路接続の役目を持つキーレプリカと、人体との接続口となるキーコネクタ。
脳信号を正確に反映させるためには、その変換機を人体に取り込むのが手っ取り早く、確実である。レプリカでできているそれは、爪ほどの大きさの結晶。メルトレイドを動かす鍵だ。
SSDではパイロットの左手の甲に、キーコネクタを手術する。カトラルも違わず、手の甲には三センチほどの生体機器が埋め込まれていた。
キーレプリカをがちりとキーコネクタにはめ込むと、メルトレイドに命が吹き込まれる。
「須磨君こそ、準備はいいんですか?」
『当然』
「さすが
一人歩きする二つ名を、未来自身は嫌いではなかった。戦闘戦略には自信があったし、開発した補佐システムも何処の誰に出しても恥ずかしくない。
゛完全゛という言葉を他称で与えられるということは、最高の誉だった。
『機動第一班、全機スタンバイ確認報告』
SSDの作戦行動は班別で行われている。五人のパイロットと一人オペレーターで一つの班。
未来とカトラルの所属する機動一班は、精鋭中の精鋭の集まりで、主に魔神殲滅作戦を担当している。
未来は全員との通信回線がオンラインなのを確認すると、淡々と出撃前準備をこなしていく。周辺地図を表示し、周囲の索敵情報と魔神の出現情報を並べる。
カトラルも「三番、オールグリーン」と慣れ切った確認作業を報告した。一心同体となった機体の感覚を確かめるかのように、両手の操縦桿を握る。
いつもと変わらない感覚。それは酷く退屈だ。
『報告確認完了、作戦確認するよ。四番、緊急時以外は博士の指示で動くように』
「了解」
『一番、二番は戦闘装備で待機、実験完了まで周囲に出現したの魔神掃討』
二機からとも、承認の返事が返ってくる。
彼らがこれから行く地は、第八境界点影響圏――桃々桜園のすぐ傍である。境界圏内ではなく、魔神の出現箇所となると場所は限られてくる。
『五番は映像記録。情報破壊の危険があったら、自己判断で現場を離脱するように。墜落してもいいけど、データは壊さないでよ』
「墜落なんてしねーけど、了解」
『三番、実験の戦闘仮想敵。実験開始まで戦闘禁止。あと、勝手に楽しくなっちゃわないように』
「はい、了解」
パイロット全員の返事を聞いて、未来は大きく頷いた。
『じゃあ、作戦開始。そっちからの通信は一度切るよ』
少年がぱちん、と手を叩くと、格納庫から五機のメルトレイドが離昇する。
機動第一班の登場する機体は、すべてが武装完備の戦闘機。おおよそ十数メートルの機械人形が空へと飛翔していった。
外装には通し番号、白に黒のラインの走る機体。黒線は原動力のレプリカの色を反映した光だ。充填されたエネルギーの残量が少なくなると、この黒は色を失う。
『出撃完了、警報止めるね。四番、実験予定地まで先導』
「了解」
四の数字を宛がわれたメルトレイドのパイロットは、指令室との通信を切ると、おずおずと背後にいる同乗者へ「あの、博士」と声をかけた。
「何」
「あの、ここで暴走したりとかは、しないんですよね?」
不器用な作り笑いで誤魔化しながら、青年は世間話のふりで話しかけてみる。しかし、博士と呼ばれた白衣の相手は、返事もせずに自分の手のひらを眺めるばかりだ。
右手首に揺れるバングルは、手首よりもいささか大きい。すり抜け落ちることはないが、手首で固定はできていない。
「ええと、……博士?」
パイロットの頭を巡るのは、いかに場の雰囲気を軟化させるかだけだ。
謝罪の言葉を言うべきか、しかし、すでに機嫌を損ねているのなら話さない方が得策か。
負の螺旋に足を踏み込んでいた思考を現実に戻したのは、先ほどに切れたばかりの警報であった。いや、切れたばかり、というのは正しくない。正確には、別種の音である。
『全員その場に停止。索敵反応有』
未来の声は、指令室と操縦席に緊張感を走らせる。
『一番、二番、周囲警戒して。残りも戦闘準備』
名指された二機は可変武器を構えて、対する逆方向を警戒する。
特殊な状況下で、パイロットのたちの精神は竦むどころか、敵への高揚に踊っている。普段、絶対的格下の魔神を相手しているせいか、こういった緊急事態に現れるのは期待だ。
それに反して、ざわつく司令室は、部屋の空気丸ごとで不安感を抱いている。今日の指令室監督担当の軍人が、深刻な顔つきで未来へと近づいた。
『……一体、なんだ?』
『警報は敵影確認、です。レーダーに引っ掛かってるのは、魔神じゃな――ええと、魔神じゃありません』
下手すぎる敬語など、今は指摘の的にもならない。
最終的に、緑服の知りたいことを回答したのは、戦場を把握するオペレーターではなかった。
どこか浮足立ったエースパイロットの『旧機のメルトレイドを確認』という報告に、司令室にいる人間は音を失う。
索敵反応の警報だけが、煩く喚く。
「きましたね」
嬉しそうな呟きに、未来は頭を抱えた。
忠告してやったというのに、何も聞き入れられていない。
『旧機、方向は南から東に十四度』
「またあいつらか」
旧世代機、から導かれる答えは一つ。
巷で一番に力を持つレジスタンス。審判者を名乗る集団。最近にあったSSDの運営するイベント――追悼式をぶち壊した要因の半分。
「今日こそ、俺に行かせてくれますよね」
カトラルの声は熱意に満ちている。コックピット内の映像を見れば、更にそれは明らかだ。彼は強い興味に抗う気はないらしい。
『……カトラル、君の任務は分かっているな?』
「あれ、嫌だなあ、御姫様のお相手でしょう? 分かってます。ただ――」
不敵に笑む彼は、上がる口角を隠せない。
「俺はあの機体のパイロットに興味があります」
強者が強者を求めるのは自然の摂理。
捕縛するには手に負えない魔神や、居住区に侵入した魔神を倒すだけが仕事のカトラルは、乱入しては捕縛されそうな魔神を先手で狩る姿に、興味を持っていた。
どの現場でも、うまく立ち回り、颯爽と消えていくメルトレイド。
前回に遭遇できそうだった時には、旧機は乗り捨てられたまま。中身は空っぽだった。
そのパイロットの姿は、見えない。男か女かもわからない。
分かることは、強いこと。
それから、どんな手法を使っているのか、旧機に乗っても身体に異変を起こしていないこと。毎回違うパイロットが乗っているのか、と考えたこともあったが、あれほどの腕が乱立するならば、とっくにSSDは廃業に追い込まれている。
『あのさ、とにかく、まずは実験を中止し――』
「しない。続行だ」
未来の指示を跳ねのけたのは、四番機に同乗する白衣であった。背後からパイロットの慌てた声が聞こえる。
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