地下の国
ミートは、絡み合う木の根をかいくぐって、穴の奥へ入ると、穴を覗いた子どもが言った通り、大人が十分歩ける程の広さがあった。
怪物でも、余程大きくない二、三メートルの怪物であれば進むことはできそうだ。
根のこちら側は明るさが半分以上遮られ、足元に足跡があるかどうかもほとんど確認はできない。
穴は、緩い傾斜で段々と下の方へ向かっている。
少し進むと、ほとんど暗がりになったが、わずかに入り込んでくる外の光のためか何とか穴の形状だけはわかり、先へ進んだ。
自身が土を踏む音以外に物音らしきものもなく、地上で一度聴いた以来、声が聴こえてくることもない。
黙々と五分、十分、と進んだところ、傾斜が段々となくなり、地面や壁はごつごつとした土だが、ほぼ平らに、まっすぐに前へと続いていく。
この頃になると、地上からの光はもう全く届いていないが、目が慣れたのか、何とか周囲の様子は把握できる。
土は段々と固くなり、暗い青みを帯びた鉱石と思えるようになってきて、穴というよりは、洞窟といったふうに見え始めた。
段々と、幅は広く、天井は高くなっている。
穴に入ったばかりに多少感じた息苦しさもなく、空気は不思議と澄んでおり、肌はひんやり涼しく感じた。
相変わらず、静かだ。
十五分、三十分、どれくらい歩いたか時間の感覚がなくなり始めた頃。
「ニンゲンか。何しに来た?」
ふいに、静けさを破ってミートに語りかける声。
ミートは一瞬、思わず短剣の柄を握ったが、穏やかな声。敵意もない。
身をかがめるようにして周囲を見渡したが、一方の壁に背の高い人影が一つある。
語りかけているのはその者のようだ。
「て、敵では、ありません。子どもが、迷い込んだんです」
努めて、こちらも落ち着いて応えたつもりだが、しばらくぶりに発した声は思ったよりも大きく、響いた。
「その……探しにきただけで……争うつもりや、侵入するようなつもりは、なく……」
声を落ち着けて、ミートはそう続けた。
影絵のように顔も見えない相手は、動く気配もなく、しばらく無言でいたが、
「ふん。本当かな」
と発した。
調子は依然、穏やかで、不快を示すものとは感じられなかった。
言葉は通じ、随分に年長の者ととれる、深みのある声だった。
「えっと……あなたは、魔の者ですか? ここに住む者……ですか?」
「無論人里には縁のなき者。しかし我等今は、避難民である」
「避難……線の雨を逃れて?」
「うむ。線の、雨……な。古来より付き合いのある地下の王に頼み、逃れさせてもらっておる」
「地下の……王。この地下に、国が?」
ミートは、思いがけぬ機会、と思い、思わずすがるように尋ねた。
「あ、こ、ここに、逃れさせてもらうことを……頼めないでしょうか?」
相手はまたしばし黙った後、
「敵意のある者ではないようだな。敵意ある者……であればここで仕留めるつもりであったが」
そう言いまた黙し、
「ニンゲンが受け入れてもらえるかどうかは、知らぬ。地下の王に会うしかなかろう。わしにはどう言うこともできん。一存で追い返すわけにはいかんしな」
最後にこう付け加えた。
「わしは、反対だがな」
「あ、……」
ミートは礼を述べようとしたが、最後の一言を聞き、この者が決して友好的という態度ではないのだと悟った。
そもそも魔の者は、人とは相容れず、人里を離れたところにひっそり住まう者が多い。
しかし無論、ミートは、
「ありがとうございます……」
この他にない救済と思えることを教えてくれて、地下の王に会うことも提案してくれたこの者に礼を述べた。
「その、おれ達の代表者が、その地下の王に会わせてもらうのが、いいと思います。その子は、仲間や、民想いのいいやつだから、決して、地下の王に失礼もないと思います」
「ならばそれがよかろう。わしは王に、ニンゲンに会ったことを伝えておこう」
「ありがとうございます……」
ミートはそれから、子どものことをもう一度聞いた。
その際に、子どもは雨の怪物を追ってきたはずだとも。
地下国のことをレクイカらに伝えられるのは朗報だが、子どもの行方がわからないままなのは、よくない。
「わしもここにずっといるわけではない。少々、地上の空気にあたりに来ただけだ。この先、地下の国までに迷うような道はない。子どもは、そこへ着いておるかもしれん」
「ぶ、無事でいるでしょうか?」
「地下には今、色んな種族が逃れておるが、小さな子を無下にはすまい」
色んな種族、と聞いて、シガミの一族のようなやつらもいるのか、と不安が頭をもたげたが、このままミート一人で勝手に入るわけにもいかない。
「雨の怪物、と言うたか……あれがこの道を通るのは無論、この道は地下の国に通じてもおるが、何より、地下水脈へ通ずる道でもある故な」
「な、なんですって? 地下水脈……? あ、ああ、とにかくじゃあ、怪物がここを通ったのは確かなのですね」
おそらく魔の者や地下の者が知っており、人が知らないことは多くあるのだろう。
そういった話も、上手く交流がはかれれば、聞けるかもしれない。ミートには、難しいかもしれないけど……。
子どものことは心配だが、地下の民に保護されていることを願い、一度引き返そうと思った。
レクイカも来てくれているかもしれない。
と、後ろの方から、物音がする。
灯かりが近付いてきている。
「……ミート?」
レクイカ、だ。
「よかった。灯かりもなく、短剣一つで穴へ入ったって。無事ですか? 子どもは?」
レクイカの後ろにいるのは、ファルグ。もう一人は影の騎士だ。
ミカーはおそらく地上を見張っているのか。
「レクイカ。まず落ち着いて聞いてくれ。この先に、地下の国がある。それで、この人は……」
ミートが壁の方を見ると、灯かりに照らされたそこにもう人影はなかった。
「地下の……国?」
さすがの唐突な話に、レクイカがどういうことかという顔で、問う。
ミートは一瞬、暗闇の中一人で見聞きした幻かと思うが、相手の穏やかな話し声はまだ鮮明に頭の中に残っていた。
「子どもも、おそらくそこで保護されていると思う。さっきここで、地下に避難している者と話した。おそらく……魔の者だけど、人に……その、一応というか、友好的だった……。その人は、地下の王に会って、話すといいって。それで、おれは、おれ達の代表が、レクイカが、地下の王に会うことを話した」
「あ、ああ……私が、地下の王に会う……うん、うん」
レクイカは、話はしっかりと聞いて信じてくれているようだが、ただ唐突な展開を頭で整理しているようだった。
「レクイカ。もしかしたら、地下の王が、おれ達を線の雨からここへ避難させてくれるかもしれない」
「なるほど……わかりました」
レクイカは、真剣な面持ちで応えた。
騎士が、一人で地上へ戻り、ミカーにこのことと民と待機してくれるよう伝えに戻ってくれることになった。もしかしたら一夜明かしてもらわねばならないかもしれないが、心配しないように、と。
ミート、レクイカ、ファルグは、この先へ……地下国があるというこの先へ足を進める。
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