第7話 結界を壊せた?

 憂鬱だ。ただでさえ、「ヒント」を見つけられなかったのに。ここにきて、新たな問題が発生してしまった。僕はベッドの上に寝そべると、部屋の天井を見上げて、彼女の言葉をそっと思い返した。

 次の町に移るなら、私も一緒に連れて行って。

 僕は、その言葉にイライラした。彼女の言葉に従ったら……いや、まずは教会の結界を破らなければならない。教会の結界は、その周りを囲うように張り巡らされている。妖精の力では決して破れない、人間の魔力を使って。教会の周りをぐるりと一周しているのだ。

教会の結界を破るのは……普通の人間なら、まず不可能。魔力を持った魔術師でさえも、その結界を破る事はできない……文字通りの牢獄だった。牢獄の中から出られるのは、その妖精が死んだ時だけ。それ以外の方法では、結界の中から出る事はもちろん、その結界を壊す事すらできなかった。見えない不安が広がって行く。

 僕はその不安に苛立ちながらも、内心では「彼女を救いたい」、「何とかしてあげたい」と思ってしまった。彼女の境遇を知った者として。僕には……あの思いを発した彼女が、どうしても放って置けなかった。ベッドの左側に寝返る。

 僕は資格の事を一旦忘れて、教会の結界を破る方法を考えはじめた。教会の結界を破る方法は、朝になっても分からなかった。寝不足のために、頭の中がぼうっとする。

 僕は今日の朝食を食べ終えると、町の教会に行き、旅に必要な物資を補充して(ティレスさん曰く、教会は「そう言う物」も援助してくれるらしい)、教会の書庫に行き、結界の発生源に関する情報を調べて(情報は、すぐに見つかった)、ティレスさんに脱出の事を話した。

 ティレスは、その話に涙を浮かべた。

「……一緒に連れて行く?」

「うん」とうなずいた後は、できるだけ声を潜めた。「ティレスさんの事、何となく放って置けなくて」

 僕は、彼女の目を見つめた。

「脱出の方法は、僕が何とか考えるから」

「……うん」とうなずいた彼女の顔は、何となく赤らんで見えた。「ありがとう」

 彼女は「クスッ」と笑い、僕の手を握った。

 僕はその感触にドキッとしたが、それ以上の気持ちは抱かなかった。彼女はやはり、あの子とは違うから。好感こそは抱いても、好意は抱けなかった。僕は書庫の中から出ると……結界の発生地、つまりは「魔力の発生源」を探したが、僕が教会の裏側に行った瞬間、そこをたまたま歩いていた司教に「待ちなさい」と呼び止められてしまった。

 司教は真面目な顔で、僕の前に歩み寄った。

「そこで何をしている?」

「え?」

 僕は、彼の質問に固まった。

「ちょっと、その、休憩を」

 アハハハと誤魔化したが、相手の反応は微妙だった。

「ほう、休憩ですか」

「は、はい」

 司祭の目が鋭くなった、気がした。

「研究は、進んでおりますか?」

「は、はい! お陰様で」

「そうですか」

 司祭は、僕の隣に並んだ。

「神と言うのは、奥深い物です。究めれば究める程、分からなくなる。私も若い頃は、神の奇跡に熱中しました」

「そ、そうですか」

 僕は彼の目から視線を逸らすように、不安な顔で教会の空を見上げた。

「あ、あの?」

「はい?」

「教会の人から聞いたんですが。ここには……その、結界が張られているんですね?」

 司祭は一瞬、僕の言葉に眉を潜めた。

「ええ、囚われの姫を逃がさないように。彼女は、我々にとって大事な人ですから。決して逃すわけにはいかない。彼女は、羽を奪われた妖精なのです」

 妖精の部分が、妙に嫌らしく聞こえた。

「彼女に惚れたのですか?」

「え?」

「結界の話を持ち出すなど。あなたは、彼女に恋したのですか?」

 僕は何の躊躇いもなく、その質問に「いいえ」と答えた。

「好きになっていません。僕には、好きな人がいますから」

「……そうですか。なら、安心です。警戒しなくて済みますから」

 司教は「ニコッ」と笑って、僕の横から歩き出した。

「学者君」

「はい?」

「余計な真似はしないで下さいね?」

「……はい」

 僕は彼の背中を見送ってからすぐ(彼にバレないように)、魔力の発生源をまた探しはじめた。魔力の発生源は、意外な所に隠れていた。今の場所からしばらく歩いて……茂みの中を探さなければ、絶対に見つけられなかった。僕は発生源の前でしゃがむと、腰の鞘から剣を引き抜き、剣の先で「それ」を何度か突いてみた。だがいくら突いても、「それ」に変化は見られなかった。試しに発生源を踏み付けてみても、返ってくるのは「それ」を踏みつけた感触だけ。

 僕は鞘の中に剣を戻し、発生源の前から歩き出すと、憂鬱な顔で教会の書庫に戻った。書庫の中では、ティレスさんが僕の帰りを待っていた。

 僕は、彼女の前に歩み寄った。

「発生源、見つけたよ」

 彼女は、僕の目を見つめた。

「……どう、だった?」

 の答えに言い淀んだ。

「う、うん。とりあえず、剣の先で突いてみたけど」

 何も起らなかった、と、僕は言った。

「発生源の紋章を踏みつけてみてもね。ウンともスンともしない」

「そう」の声が、本当に暗かった。「それは、仕方ない」

 彼女は、俯き気味に肩を落とした。

 僕はその姿に胸を痛めたが……ここで諦めるわけにはいかない。あの子の時は、最後の最後で諦めてしまったから。真面目な顔で、彼女の顔を見返す。

 僕は書棚の中から資料を取りだし、その頁を何度も捲って、それらしい情報を拾い、手帳に「それら」を箇条書きして、考えられる可能性を一つ一つ試して行った。

 一つ目は、失敗。二つ目も、失敗。三つ目は成功しそうに見えたが、これも二つ目と同じく失敗に終わった。四つ目なんか、失敗したのかも分からないレベル。

「はぁ……」

 僕は憂鬱な顔で、五つ目の実験を試した。五つ目の実験も……やはり失敗に終わったが、その失敗からあるヒントを見つけた。「剣の先で発生源をなぞると、その線が(何故か)消える」と言う。僕はそのヒントに従って、発生源の紋章を何度かなぞってみた。その結果は……消えた! ある法則に従って紋章をなぞった時、その線がすっかり消えてしまったのだ。水のように消えて行く、地面の紋章。

 僕は、その光景に胸を踊らせた。

「や、ったぁ! 何だか知らないけど、結界の発生地を」

 壊す事ができた。

「うん!」

 僕は嬉しい気持ちで、教会の書庫に戻った。

「ティレスさん!」

 ティレスは、彼の声に驚いた。

「は、はい?」

「まだ、分からないけど。もしかしたら、教会の結界を壊せたかもしれない」

「え?」が聞こえた瞬間、彼女の目が潤んだ。「本当、に?」

 彼女は、テーブルの上に涙を落とした。

「あ、あ、ああああ」

 僕は、彼女の横に立った。

「ティレスさん」

「……はい?」

「本当に出られるかどうか」

 ティレスさんは、椅子の上から立ち上がった。

「試します、今すぐに」

「うん。じゃあ、行こう!」

 僕達は書庫の中から出て、教会の外に行った。教会の外には……一瞬、ダメかと思ったが、問題なく出られた。満面の笑みで、振り返るティレスさん。彼女は僕の身体に抱きつくと、その胸に顔を埋めて、嬉しそうに「わんわん」と泣きはじめた。

「う、ぐっ、やっと、出られた。やっと」

 僕は、彼女の頭を撫でた。

「良く耐えたね、本当に」

「……ねぇ?」

 彼女は、僕の胸から顔を離した。

「……どうして、結界を壊せたの?」

 その答えに一瞬、戸惑う。

「偶然、かな? 僕も良く分からないけど、剣の先で発生源の紋章をなぞってみたら」

「……紋章が消えた?」

「う、うん。なぞり方には一応、法則があったけどね」

 ティレスさんの瞳が震えた。

「不思議」

「うん、本当に不思議」

 僕達は、互いの目をしばらく見合った。

「ティレスさん」

「……はい?」

「脱出の日は、どうする? 僕は、あと」

「……二日以内には、逃げ出したい」

「分かった。なら、それらに合わせて」

 僕達は「うん」とうなずき合い、明日も(段取り等を話すため)ここに来る事を話し合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る