超空陽天楼
@Lerbal
開戦
第1話 -開戦ー
空は今日も突き抜けるように青い顔で座していた。
雲がちらほらと綿飴のように広がり、空に負けないぐらい青い海が下に広がっている。
太陽が真上まで昇り、お昼まっさかりの午後十二時。
普通ならお腹をすかせた子供たちが母親にご飯をねだり、サラリーマンがランチに持参したサンドイッチの包みをほどく時間。
空は静かに全てを見つめていた。
※
「嘘だろう――?」
コグレ基地の基地司令である宮樺・TT・マックスは手に持っていた便箋をゴミ箱に叩き付けた。
少し茶色に変色した紙は部下の電報員が持ってきたものだ。
コグレ基地の司令塔最上階司令室にてマックスは胸ポケットからタバコの箱を取り出す。
傷がついて開かない左目を上からなぞるように顔を擦り、動揺している姿を部下から隠す。
しかしその顔は真っ青で近くに立っている部下にすら動揺は隠せていなかった。
「ど、どうかなさったのですか、司令。
ご両親でも……?」
めったにこんな顔をしない司令に一人の部下がゆっくりと尋ねた。
マックスはサングラスを外し震える手で箱からタバコを一本取り出すと火をつけた。
金属製のライターはお昼時の日光を鈍く照り返し、机に黄色のかかった光を広げていた。
「違う、そんなことじゃない。
むしろそうだった方が有難いぐらいだ」
その言葉を述べるとマックスは再び口にタバコを突っ込んだ。
「ではいったい……?」
「……………はぁ」
タバコを灰皿に落としてうつむく。
しばらくの長い時間。
煙の出ない無煙タバコの火を消すと静かに、だがそこにいる部下全員に聞えるように
「世界が――ベルカに宣戦布告した」
とだけ、述べた。
しばらくの沈黙。
全員が現実を飲み込むことができていなかった。
たった一国に、世界が戦争を仕掛ける――。
基地司令マックスが言葉を発したとしてもそんな普通はあり得ない事態、信用できるわけがなかった。
「司令それは――」
部下が真偽を問おうとした瞬間、マックスの言葉を裏付けるようにけたたましい空襲警報がその場に鳴り響いた。
マックスははっとしたように軍服を羽織り、シャツだけだったその屈強な肉体を包む。
壁に手を伸ばし室内にある電話機を取り上げ
「何事だ!」
と、状況説明を求める声をレーダー管制室に送った。
『司令ですか!
レーダーに不審な艦影が!
その……その数が――!』
ついているスピーカーから焦りを隠せない若い女の声が漏れてきた。
今報告しているレーダー員は言うべきか、言わないべきか迷うような間を置いた。
「どうした、はやく言え!」
心臓ははちきれる寸前にまで鼓動を早め、マックスはレーダー員のケツを蹴り上げるような大声を出し電話機を握り締めた。
みしみし、と電話機のプラスチックがきしむ音と共に
『戦艦二、巡洋艦四、駆逐艦五、特殊艦艇一の艦隊です!
こちらから呼びかけても応答がありません!
それに識別信号が――!』
もはや悲鳴のようになってきているレーダー員の言葉を逃すまいと
マックスはもっと耳に強く受話器を押し付けた。
残りの部下も無意識でスピーカーに近づいていた。
『ヒクセス共和国なんです!』
がしゃんと、受話器が床にぶつかる音がした。
マックスはよろよろと近くの机に両腕をつき「嘘だろ……」と小さく呟いた。
嫌な予感、冗談であってほしい。
ベルカが世界から喧嘩を売られたなどと。
信じたくはなかった。
だが現実はマックスを冷笑し、ベルカVS世界という新たな歴史を押し付けてきたのだ。
「司令!」
部下がマックスの動揺をカバーしようと受話器を拾い、元あった場所に置きなおす。
みんなが心配そうにマックスの様子を見ていた。
残り少ないタバコの火が消えたとき
「……総員戦闘配置だ。
迎撃するぞ」
ぼそり、とマックスは命令を下していた。
部下の出す手を払い、自分で頬を叩き気合を入れる。
額の汗を拭い、サングラスをかけなおす。
その顔は敵を迎撃することのみを考えた司令官の顔だった。
※
「ようやく見えてきたな。
総員、編隊を組んで当たるように。
敵は要塞島コグレだ。
無駄な犠牲は出したくない。
分かるな?」
コグレへ向かう世界連合軍第二一艦隊旗艦戦艦の"核"は言葉を飛ばした。
全長四百メートル弱のその船体には数え切れないほどの武装が所狭しと並び、見るものを威圧し、恐怖へと叩き落すような風貌をしていた。
艦尾からは青い色の炎が噴き出し、エアインテークから大気中の酸素を激しく吸い込む音が甲高く鳴り響いている。
『大丈夫ですよ、《グルクルース》心配は要りません。
なんていったって我々第十二艦隊はめっちゃ強いですからね!』
隣を行く僚艦の《シンシア》からの通信だ。
《グルクルース》率いる第十二艦隊は演習中だというのに突如ベルカにある、要塞基地コグレへと進路を取らされた。
はじめは混乱した第十二艦隊だったが、総司令部から直々の命令と言うこともあり
しぶしぶコグレへの攻撃に向かうことになったのである。
「しかし、何でまたよりによって極東の基地なんだ?
ベルカを落としたいなら本島に攻撃を仕掛ければいいじゃないか」
思い返してみればベルカとヒクセス共和国の仲はあまりよくはない。
かといって戦争を仕掛ける程事態が緊迫していたとも思えない。
《グルクルース》は恐らく威嚇だろう、と勝手に解釈する。
『さぁ。
総司令部の考えることは我々にはわかりませんね。
攻撃するのはいいとして、ベルカとの仲が悪くなったらどうするつもりなんでしょうか』
攻撃した時点でアウトだと思うが……。
《グルクルース》は総司令部からの命令に不服だったが、"核"として生まれたからには逆らえない。
兵器は言われたとおりに攻撃するだけでいいのだ。
後のことは全て"人間"がやってくれる。
『レーダー艦 《アムステルド》から《グルクルース》へ。
敵艦が方位一八二より接近中。
警戒されたし』
レーダー艦からの報告を受け流しつつ第十二艦隊は次第にコグレ島に近づいていった。
距離にしておよそ五千。
あともう少しで射程に入る。
『そういえば聞きましたか?
ベルカの《光の巨大戦艦》の話』
攻撃するにあたって、《グルクルース》は意識で模擬レーザー弾から実レーザー弾へと武装を切り替えた。
しっかりと切り替わったのを最後に確認しつつ
「なんだそれは?」
と《グルクルース》は聞き返していた。
光る巨大戦艦だ?
そんなものいくらでも我がヒクセス共和国には存在するだろうに……。
レーザーをたくさん積んだ艦のことだろう?
やれやれと、ため息を吐き出して話の続きに耳を傾ける。
『あたし聞いたことある!』
甲高い女性の声が無線に割り込んできた。
『《ミクミルー》か。
お前、無線の感度上げすぎてうるさい。
静かにしろ、もうちょっと』
《シンシア》から振った話に《ミクミルー》は乗っただけだと思うが……。
ひどい責任のなすり付けを見た。
《グルクルース》は一つ大きな息を吐いた。
『ある山脈に住んでた老人の話なんだけどね?
その老人はベルカに住んでるんだけど。
急に空が暗くなったんだって。
あ、普通の艦艇が飛んでるだけだ、って思ったでしょ!
違うのよ!
老人は元ベルカの超空制圧艦隊にいてね?
それでも今まで見たことがないぐらいに巨大な戦艦が空を飛んでたらしいの。
一説によれば全長一キロを越しているとかなんとか!
そして、その船には奇妙な模様があったんだって!
《グルクルース》知らないの?
巷では有名な話だよっ?』
《ミクミルー》の幼い語嚢ではこれが精一杯の説明だったのだろう。
『奇妙な模様、ってなんだよ、ってなるよな。
それに模様が見えるってことは光ってる、ってことだろ?
わざわざ隠密を乱すような戦艦が存在するわけない。
って俺は考えます』
《シンシア》は冷静に分析をしていた。
確かに太陽に背を向けるようになる艦の底は影となり真っ暗になる。
その状態で模様、といったら発光している以外にありえなかった。
「ふん……」
《グルクルース》は《シンシア》と《ミクミルー》をまとめて鼻で笑ってやった。
一キロを越している?
つくならまともな嘘をつくべきだ。
常識で物事を考えたほうがいい。
『レーダー艦 《アムステルド》から《グルクルース》へ。
間もなく目標空域に到達します』
「了解、《アムステルド》。
全艦聞いたな?
攻撃を許可する。
ルシア(ベルカ人を指す蔑称)共を血祭りに上げてやれ」
This story continues.
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