真夏のソルジャー
暁 睡蓮
第1話
蒸し暑い夏の夜。
一人の青年がスラム街を彷徨っていた。
その青年の名は、アーク。
漆黒の髪に漆黒の瞳。その姿は夜の闇に溶け込んでいるが、瞳には、炎のように激しく熱い光を宿している。
やり場のない苛立ちと怒りをどこにぶつければよいか分からない。端正な顔立ちはどこか哀し気にも見えた。
そのうち、彼はわざと誰かにぶつかっていく。
彼は鋭い瞳で相手を睨み、怯えさせる。
「おい、どこ見て歩いてるんだよ。」
大抵の相手は、彼の態度に圧倒されて、
「すみません、お金なら差し上げますので勘弁してください。」
と言う。
彼は、しぶしぶ金を受け取ると、
「じゃあ、今日の所は許してやるよ。」
と言って、相手を突き飛ばす。
このように、彼は酔っぱらいやスラム街にたむろしている不良に絡んでいっては喧嘩をして金を巻き上げていた。
しばらくの間、あてどもなくさまよった後、アークは薄汚いアパートへと戻る。そして、溺れるように酒を飲む。
酒だけが、アークの心を癒してくれる、ただ一人の友達だった。
「俺は一人。そう、一人だ。」
アークはそうつぶやくと、やがて泥のように眠り込んでしまう。毎日がその繰り返しだった。
ーオレはこれからどうしていいのか分からない。何をすればいいのか分からない。
出口のないトンネルに迷い込んでしまったかのように、アークの心は闇の中を彷徨っていた。
しかし、アークの荒んだ生活を一変させる出来事が起こった。それは、突然にやってきた。
戦争だった。戦争が起こったのだ。
アークがいつものように夜の街をふらついていると、街中の至る所に、たくさんの新聞が散らばっていた。
アークは虚ろな瞳で、落ちている新聞に目を通した。
新聞には、戦争が始まったため、兵士を招集するという記事が大きく載せられていた。
ーオレが求めていたものは、これかもしれない。
アークの瞳が、にわかに輝いた。
数日後、アークは軍隊に志願した。
その日から、アークの住むスラム街は戦場と化した。
街の中には、急きょ、兵士のための兵舎が設けられた。
毎日のように、街の中には警報のサイレンが響き渡り、敵の攻撃が始まった。
敵の飛行機による空爆や戦車が街を脅かす。
戦場は、地獄だった。
熱い、熱い。
人々の悲鳴が響き渡る。
真夏の太陽が照り付ける中、アークは自分の住む街と人々を守るために必死だった。
軍服は汗や埃にまみれ、所々破れている。さらに、太陽や爆撃による火災のために、くらくらと眩暈がする。
喉が渇く。水が飲みたい。
時々、今にも倒れそうになる。
しかし、不思議と彼の心は爽やかだった。
戦うこと、誰かを守ることに生きがいを見出したのだから。
反面、彼は弱い者が次々と消されていく現実を目の当たりにする。
幼い子供や女性、老人など、弱いものが次々と戦いの犠牲になっていく。
守っても、守り切れない。
アークはやり切れない思いを感じていた。
弱肉強食。
これが現実なのか。弱い者はこの世界で生きてはいけないのか。
俺はそんな世の中は作りたくない。いつか平和な世の中を作る。そのために俺は戦う。
アークは流れ落ちる汗を拭いながらそう思った。
その日の夕方、軍隊の兵士は全員集められ、今後の戦いに関する作戦会議が行われた。
軍隊の司令官は、アーシェスと言った。輝くような金髪に涼しげな青い瞳。透き通るような白い肌。およそ軍隊にいるには似つかわしくない女性のような美貌を放っている。スラリとした長身の体は、どこか華奢で儚げに見えた。
アークは遠くからアーシェスを眺めながら、なぜだか懐かしいと思った。
アークの隣に立っているのは、カールという名前の兵士だった。陽気で快活そうな茶色い瞳を持ち、日に焼けてたくましい体つきをしているが、まだ十五歳だという。何を考えて、自ら命を落とすような軍隊に入ってきたのだろうとアークは思った。
アークはカールに尋ねた。
「お前、何で軍隊なんかに入ったんだ?」
すると、カールは屈託のない笑みを浮かべて言った。
「なぜって、決まっているでしょう。家族を守るためですよ。軍隊に入ればお金が入るしね。それも敵を倒せば倒しただけね。うちは貧乏なので、仕送りができるようになりますよ。」
そう言って、カールはハハッと笑った。
アークはカールの笑顔を見つめているうちに、なぜだか胸が苦しくなった。
「そのために、お前、人が殺せるのか?お前だっていつ死ぬか分からないだろう。まだ若いのに。」
と、アークは思い切って尋ねた。
すると、カールの顔から笑みが消えた。
彼は真剣な顔つきをして、ため息をつきながら言った。
「仕方ありませんよ。それが現実ですからね。世の中、きれい事だけでは済まないこともあるんですよ。」
ー現実。
ー現実って何だよ。
アークは心の中で叫んだ。彼の頭の中は混乱していた。
アーシェスの隣には、アドルフという参謀が控えている。黒髪をきっちり分け、眼鏡の奥からは神経質そうな瞳が光っている。
なぜだか、アークはアドルフに睨まれたような気がしてならなかった。
もうろうとする頭を抱えながら、アークは周りを見渡した。
軍隊には、すっかり年老いて戦えないような老兵士も多数いた。
アークは彼らに尋ねた。
「あんたたち、何で軍隊になんか入ったんだよ。あんたたちみたいな老いぼれは、みすみす殺されるのがおちだろ。」
すると、それまで楽しそうに話していた老兵士達の話し声がぴたりと止んだ。
しばらくの沈黙の後、老兵士の一人が言った。
「兄ちゃん、あんたはまだ若いから、わしらの気持ちは分からんかもしれんな。わしらの生い先は短い。将来に何の希望も見出せんのだよ。同じ死ぬなら、せめて人様の役に立って死にたい。わしら、この戦争に生きがいをみつけたんじゃ。」
そう語る老兵士の瞳は不思議なほど明るかった。
「そうじゃな、みんな。」
そう言って、老兵士は仲間に呼びかけた。
おう、という返事が返ってくると、また、老兵士達は楽しそうに会話をし始めた。
アークは胸が締め付けられるような気持ちになった。
ーお前ら、何か違ってるよ。
アークはなぜだかそう思った。
ある日、アークは青年司令官アーシェス・カミユと接触する機会を得た。
それは、今後の戦いに関する作戦会議だった。
白い清潔な軍服を着こなしたアーシェスは、血なまぐさい戦場とはおよそかけ離れた存在に見えた。
会議が終わった後、アークはアーシェスと話すチャンスを得た。
アークは彼に尋ねた。
「あなたは、なぜ軍隊に入ったのですか?」
アークの突飛な質問に、アーシェスは氷のような冷たく青い瞳を静かに彼に向けた。
しばらくの沈黙の後、アーシェスは静かに口を開いた。
彼は、フッと笑いながら、
「なぜだろうな。私の父も軍人だったのだ。私は小さい時から軍人となるように育てられてきたからな。当然成人したら軍隊へ行くものだと思い込んでしまったのだ。今考えれば、親の敷いたレールをそのまま歩んできてしまったようだ。もっと自分の考えを持っていれば、また違った生き方ができたのかもしれないのだがな。」
と語った。
アークは、アーシェスの話を聞いて、複雑な気持ちになった。
アーシェスは青い瞳でアークを見据えた。
「それで、君はなぜ軍隊に入ったのかね?」
と、アーシェスは尋ねた。
アークは戸惑った。
しばらく考えてから、
「誰かを守りたい、平和な世の中を作りたいと思ったからです。」
と答えた。
アーシェスは笑った。
「いい答えだ。君には期待しているよ。」
そう言って、アーシェスはアークの肩を叩くと、兵舎に戻っていった。
アークはしばらくの間、空を眺めて考えていた。
いつしか日が落ちて、空には星が輝いていた。
夏の夜空には、満天の星が輝いている。
あの広い宇宙からみれば、自分もたくさんの星屑の一つに過ぎないかもしれない。
アークは、自分の存在が無性にちっぽけに思えてきた。
ー俺は何のために戦っているのだろう
ーそもそもこの戦いに意味はあるのだろうか
ー俺の生きている意味とは何か?
アークの脳裏に、次から次へと疑問がかすめていった。
アークはふうっとため息をつくと、何回か首を横に振った。
ー分からない
アークは両手を軍服のポケットに突っ込むと、ぶらぶらと兵舎に戻っていった。
アークとカールは兵舎で同じ部屋を割り当てられていた。
カールは話好きで、ちょくちょくアークに話しかけてくる。人懐っこそうな笑みを浮かべて。今日もアークが部屋に戻ってくると、待ちかねたかのようにアークに声を掛けてきた。
最初の頃は黙って聞いていたアークだったが、戦いで疲れていていたアークは、イライラして思わずカールに怒鳴ってしまった。
「いいか、よく聴けよ。俺は人と関わるのが大嫌いなんだ。これ以上俺に付きまとうな。分かったか!」
アークは思った。
ー俺は、これからも今までも、ずっと一人で生きてきた。人は裏切る。愛すれば愛するほど、その傷は深い。俺はこれからも一人で生きていくんだ。誰も愛さない。そう、誰も・・・。
アークはふてくされたようにカールに背を向けると、自分のベッドに横たわった。
カールは寂しそうな顔をして、
「そんな、アークさん。オレ達、仲間じゃないですか。」
と言った。
すると、アークの瞳が冷たく光った。
そして、寝転がったまま、カールの方を向いて、こう言い放った。
「愛だの、友情だの、笑わせるな。俺は、誰も愛したことはないし、愛されたこともない。
俺は、今までたった一人で生きてきた。これからも、多分死ぬまでそのつもりだ。
よけいな世話を焼かれるのはうっとおしいんだよ。もう俺のことは放っておいてくれ。」
アークは再びカールに背を向けた。
後には、気まずい沈黙が残っていたのだった。
次の日になった。
その日は雲一つない澄んだ青空が広がっていた。
なのに、アークの街には朝から警戒警報のサイレンが鳴り響いていた。
アークは空を仰いだ。
真夏の太陽が眩しい。
夏の太陽がギラギラとアークを照り付ける。
アークの額に汗がにじむ。
立っているだけで、汗が噴き出してくる。
ー俺は負けねーぞ
アークは唇を固く噛み締めた。
そして、真夏の太陽を鋭い目つきで睨んだ。
敵の兵士が、アークの住む街に侵入しようとしている。
「アークさん、何やってるんですか。ぼやぼやしていると、こっちがやられてしまいますよ。」
と、アークの隣でカールが言った。
カールは昨日の事なんか、全然気にしていないような顔をしていた。
カールは無邪気な顔で、笑みを浮かべながら敵の兵士を撃っている。
「お前、よく撃てるな。」
と、アークはカールにぼそっと呟いた。
カールは銃を構えたまま、
「当り前じゃないですか。撃たないとこっちがやられますよ。大勢撃つほど給料も増えますし。あっ、アークさん! 危ないですよ。」
と、アークを狙っている敵を撃った。
カールはアークの顔を見ると、
「オレ、この戦いはゲームだと思っています。そうしないと、やり切れないから。」
と言って笑った。
「そこ、何をしゃべっている! さっさと攻撃しないか!」
と、アドルフがアーク達に向かって叫んだ。
「あの、アドルフって参謀、気を付けた方がいいですよ。しょっちゅうオレ達を見張ってますから。」
と、カールはアークにささやいた後、
「はーい、すみませーん。」
と、大きな声でアドルフに言い返した。
アーシェスは、アドルフの後ろから、ただ静かに戦いの様子を眺めていた。
その時だった。
「助けて! 誰か僕を助けて!」
燃え盛る建物の影から、叫びながら一人の子供が走ってくるのが見えた。
アークは咄嗟に、
「こっちへ来い!」
と叫んだ。
輝くような金色の髪に、青い瞳をした少年は、アークの声に振り返ると、一目散に駆けてきた。
アークは思わず、その少年を力一杯抱きしめた。
粗末な身なりに似合わない、ブロンドの髪と青い瞳。腕には高価そうな腕輪がはめられている。少年は、怯え切った目で、しきりと辺りの様子を伺っている。
「もう大丈夫だぞ。」
そう言うと、アークは少年を追いかけてきた敵の兵士数人に銃を向けた。
ズキューン、ズキューン
銃は命中し、敵の兵士は倒れた。
アークは少年をじっと見つめた。
少年はすっかり怯え切った様子でアークにしがみついている。
ーこのままにしておくわけにもいかないか
「俺と一緒に来るか?」
アークは無表情に少年に尋ねた。
少年は、震えながら頷いた。
アークは少年を兵舎に連れ帰った。
少年の名を尋ねると、ランディと名乗った。
ランディは何も言わず、黙ったまま膝を抱えてうずくまっていた。
アークはランディを見ながら、
「腹減ってないか?」
とぼそっと呟いた。
ランディは黙って首を横に振った。
「食う気もしないか。目の前で人が殺されたんだもんな。」
と、アークは言った。
ランディはまた黙って首を縦に振った。
すると、アークはスタスタと厨房に入っていった。
しばらくして、アークは何かを持ってきてランディの前に差し出した。
「ほら、食えよ。体がもたないぞ。」
と、アークはぶっきらぼうに言った。
ランディは驚いたように目を丸くした。
「言っとくけど、俺、料理したことないから味は保証できないぞ。」
とか言いつつ、アークは気合の入ったカレーライスをランディの前に差し出した。
アークは少し照れたように、
「早く食ってみろよ。冷めるだろ。」
と言った。
ランディは恐る恐るスプーンを持つと、カレーライスを口に運んで一言、言った。
「こんなおいしいカレー、初めてだよ。」
瞬く間に一皿たいらげてしまった。
「おかわり。」
ランディの食べっぷりに、アークはあっけにとられてしまった。
「そうか・・。」
アークはぶっきらぼうに答えたが、ランディの幸せそうな笑顔を見ていると、何だかくすぐったいような気分がした。
誰かのために料理をしたのは、アークにとってこの時が初めてだった。
ランディは、満足そうな笑みを浮かべながら、
「どうもありがとう。」
と、アークにお礼を言った。
「礼を言うほどの事はしてない。」
と、アークはそっぽを向いた。
その時、カールが兵舎へと戻ってきた。
そして、ランディの姿を目にすると、驚いて目を丸くした。
「うわっ、何やってるんですか。アークさん。まずいでしょう、子供なんかかくまってちゃ。しかも、何作ってるんですか。」
アークは、漆黒の目をつりあげると、
「うるさい。余計なこと言ったら承知しないぞ。」
と、鋭く一喝した。
カールはただ、あきれたように、
「おー、こわいこわい。」
と、肩をすくめてみせただけだった。
アークはランディの方を向くと、
「もう今日は休みな。」
と、ぶっきらぼうに言った。
すると、カールが心配そうに、
「ちょっとアークさん、どうするんですか。こんなに小さな子、床に寝させるわけにもいかないでしょう。」
と言った。
アークは怖い顔をしてカールを睨みつけると、
「うるさいなあ、細かいことまで気にするなよ。お前と俺のベッドくっつけて、間に寝かせればいいだろ。」
と、言い放った。
カールは驚いて、
「ええっ、マジですか?!」
と言った。
結局、ランディは、アークとカールの間で眠ることになった。しかし、二人の寝相が悪いため、ランディはかなり寝苦しい思いをした・・・。
その夜、アークは夢を見た。
誰かが泣いている。
アークは泣き声をする方へと歩いて行った。
そして、思わず声を掛けてしまった。
「泣くなよ、ほら、これやるから。」
アークは何かを差し出した。
「オレの宝物なんだぞ。大事にしろよ。」
すると、それまで泣いていた誰かが、泣くのをやめてじっとそれを見つめた。よく見ると、天使のような顔立ちの男の子だった。
幼児は片言で、
「キレイ、キレイ。」
と笑い声をあげて喜んだ。
アークはそれを聞いて微笑んだ。
「そうだな、お前は今日からオレの弟だ。」
その時、アークはハッと目を覚ました。
外を見れば、まだ明け方だった。
ランディはベッドの真ん中で、あどけない顔をして眠っていた。
アークはランディの寝顔を見て、思わずふっと微笑んだ。
そして、ぽつりと呟いた。
「あれ、何の夢だったんだ?」
戦闘は日増しに激しくなっていった。
仲間の兵士たちが、一人、また一人といなくなっていく。
アークは胸が締め付けられるような辛さを感じていた。
カールのように、戦闘を一種のゲームと捉えることのできない自分に、どうしようもないもどかしさを感じていた。
ランディには、戦闘の間、兵舎でじっとしているように言い聞かせておいた。
ランディは怯えながら部屋の中で息を殺してじっとしている。
爆撃の音や、銃を発砲する音が聞こえないように耳をふさいでいる。
ランディは小さな声で呟いた。
「アーク、早く帰ってきて・・・。」
その日の戦闘がおさまり、アークやカールが部屋に戻ってくると、ランディはベッドの下で眠っていた。
「こんな所で寝てたのか・・・。」
アークは呟いた。
「かわいそうに、見つからないように隠れていたんじゃないですか?やっぱりこの子にこんな生活させてちゃだめですよ、アークさん。」
と、カールがため息をつきながら言った。
「だからと言って、今更戦場にほっぽりだすわけにもいかないだろ。」
と、アークはいつにも増してムキになりながら言った。
すると、カールは、茶色い瞳をいたずらっぽく輝かせながら、
「全く、優しいんだから、アークさんは。この前、誰も・・・。とか言ってたくせに。」
と、思わず笑った。
それを見たアークに鉄拳を食らったのは言うまでもない。
しかし、カールにそう言われてから、アークは腕組みしながら考えた。
そして、アークに背中を向けて、何やら怪しい本を読んでいるカールに向かって、
「おい、ちょっと聞け。」
と言った。
カールはにやにやしながら、
「はい、何ですか。」
と答えた。
アークはムスッとした表情で、
「あの子の事だが、やはりこのままではよくないよな。」
と言った。
カールはあっさりと、
「良くないですよ。」
と答えた。
アークは無表情のまま、
「それで俺、考えたんだけど、やはりアーシェスの野郎に言っておいた方がいいよな。俺の弟、ってことで。」
と、とんでもないことを言い出した。
カールはびっくりして、
「ええっ、本気で言ってるんですか?アーシェス司令官に直談判するなんて。」
と叫んだ。
その声を聞いて、今まで眠っていたランディが目を覚ました。そして、
「アーク、ぼくここを出ていくよ。みんなに迷惑かけられないし。」
と、呟いた。
アークは思わずカールの頭を引っぱたいて言った。
「おい、お前が叫ぶから起きたじゃないかよ。」
カールは頭をさすりながら、
「す、すみませんアークさん。」
と言った。
アークはムスッとしたまま、ランディに
「大丈夫だ。俺たちがここにいる間は、お前を追い出したりしない。安心してここにいられるようにしてやる。俺たちがお前を守ってやるよ。」
と言った。
カールは信じられないような顔をして、アークを見上げ、
「オレ達・・・? オレもですか?」
と、言った。
アークはカールを睨むと、
「なにか文句あるか。」
と、ぶっきらぼうに言った。
カールは何か言いたそうな顔をしていたが、
「いいえ、別に。」
と答え、両手をポンと叩くと、
「じゃ、そうと決まればさっさと司令官の所に行きましょう。アークさんの弟のために。」
と、張り切って言った。
しかし、司令官室の前まで来ると、さすがのカールも足がすくんだようだった。
カールは、アークの背中に隠れると、
「アークさん、お願いします。」
と、恐る恐る尋ねた。
アークはランディの顔をしばらくじっと見つめた。ランディは、アークの顔を見上げると、不安そうな顔をした。
「大丈夫だ、俺が守ってやる。」
アークはそう言って、司令官室のドアをノックした。
「どうぞ。」
と、部屋の中からアーシェスの静かな声がした。
「行くぞ。」
と言って、アークはランディの手をしっかりと握りしめた。
ドアを開けると、アーシェスは司令官室の椅子に静かに腰かけていた。
アーシェスは、アークの姿を目にすると、
「君が来るなんて珍しいね。」
と涼しげな表情で言った。
アーシェスは机にひじをつくと、氷のような青い瞳を向け、
「それで、今日はどうしたのかね。」
と、静かに言った。
アークは堂々と、
「この間の戦闘で、家を焼け出されて逃げまどっていた弟と再会しました。行く当てもないので、しばらく俺とカールの部屋に置いてやってもらえないでしょうか。」
と言った。
アーシェスはランディの方をじっと見ると、
「君がアークの弟なのかい?」
と尋ねた。
ランディは黙ってうなずいた。
アーシェスはカールの方を向くと、
「カール君は、それについてどう思うのかね。」
と、静かに言った。
カールは愛想笑いを浮かべながら、
「僕は構いません。むしろ大歓迎ですよ。僕にもちょうどこのくらいの弟がいますし、なによりアークさんと二人だと息が詰まりそうです。」
と言った。
アークはそれを聞いて、
「おい、それはどういう意味だよ。」
と言った。
カールはそっぽを向いて
「さあね、どういう意味でしょうね。」
と、しらを切った。
三人のやり取りを聞きながら、アーシェスは静かにランディの方を向いた。そして、
「よろしい、許可しよう。その代わり他の兵士に迷惑がかからないように気を付けること。分かったね。」
と言った。
ランディは思わず笑顔になって、
「ありがとうございます。」
と言った。
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