第134話 お別れ
メリンダさんにつられて僕もマリアを見る。いや、マリアではなく首元のセブンだ。
そういえばぬいぐるみの使い魔のアイちゃんもグリンダさんに預けてある。あれはこの旅の間だけのことだと思ってたけど、そうではなかったのだろうか。
先ほどメリンダさんの言った、次の段階に進む目処が付いた時には自分の使い魔を誰かに譲るのが普通というのは、メリンダさんの行動にもあてはまる。でもご先祖のメランダさんを調べても次の段階に進むヒントは得られなかったとも言ってたな。だとすると…。
「さ、先に進みましょう。もう少し行くと、マリアさんのいた部屋があるはずよ。」
「わたしがいたへやなんてあるんだ。ぜんぜんおぼえてないけど。」
マリアは僕の魔力で目覚めたと前に言ってたけど、それは覚えていても自分がいた部屋のことは覚えてないんだろうか。そんなことを考えているうちにメリンダさんが歩き出し、マリアも続いたので、後を追う。並んだドアの最後までいくと、ドアが開いていて中には誰もいない部屋があった。
「ここが湖の魔女アルミルアが次の段階に進んだ時に使った部屋なの。」
開いたドアの横の壁には何か紋章みたいなのが描かれている。アリシアにもらったハンカチの模様と似ているけど、もっと複雑だ。
「マリアちゃんがかまわなかったら、この部屋を使わせて欲しいの。」
「いいよ。」
えらく簡単に答えるマリア。覚えていないらしいので、そんなものなのか。
メリンダさんはドア横の紋章の隣に手を当てて何かした。すると隣にも別の紋章があらわれた。
「そうだ、忘れないうちにこれを渡しておくわね。」
そう言って取り出した布を僕とマリアに渡す。アリシアからもらったハンカチよりも少し小さいけどそれよりも上等そうな厚手の生地だった。
「これは同じ紋章、ということはメリンダさんの印なのですか。」
ドアの横に現れた紋章と見比べながら聞いた。
「そうよ。何かあったらそれを見せれば役に立つと思うの。」
アリシアのハンカチも、前に来たときにこの聖堂の警備員に見せたら急に態度が変わったし、貴族の知り合いであると示す効果があるのだろう。
「ありがとう。あとでアリシアにみせてあげようかな~。」
それを聞いてマリアはそんなにアリシアと仲良かったっけと思ったけど、昨日は一緒にお風呂に入っていたか。
メリンダさんが部屋に入り、僕とマリアも続く。中は殺風景で、ベッドに使えそうな台と、あとは机と椅子だろうやはり石造りの調度品。メリンダさんはベッドに腰掛けて、そのまま横に寝そべった。マットなどはない石だから固そうだけど平気なのかな。
「それじゃあミルアちゃん、マリアちゃん、魔力をお願いね。」
マリアはベッドに近づいてメリンダさんの手をとったけど、僕は立ちつくしていた。
「えーと。今の状況を説明していただけるとありがたいんですが。」
とまどったまま、そんな質問をした。
「あら、また魔力を貸して欲しいと昨日頼んだはずだけど。」
確かにそんなことを言われた記憶がある。しかしそれは開かずの間を開く為のことだと思っていた。でもそれだけではなかったのか。
「そ、それはそうですけど、魔力を送ったらどうなるんですか。また眠るだけ、なんですか。」
そうではないだろうと思っていても、そういう風に聞いてしまう。
「もし失敗したらそうなるわね。これまで何度も眠りによって魔力の消費をおさえながら余分の魔力を蓄えて次の段階に進もうとしたけど、私の魔力だけでは足りなかったの。でも二人の魔力を使えば、きっとうまくいくはず。」
うまくいったらメリンダさんは、肉体を離れて魔力的存在になってしまう。それはこの世界の人にとっては望ましいことなんだろうけど、地球人としての僕の価値観からは、ためらいを感じでしまう。
「それに、うまくいったらミルアさんにとっても良いことだと思うの。望みがかなうのだから。」
黙っている僕に、メリンダさんは言葉を続けた。
僕の望みとは何だろう。そうじゃないのか。僕ではなく《ミルア》の望みだ。肉体を離れた湖の魔女がいつか戻ってくるのを森で待ち続けた一族。そんなミルアにとって、湖の魔女ではない別の魔女であっても、次の段階に進んだ魔女が近くに存在することは望ましいのではないか。なにしろ魔女でも何でもない僕に無条件で身体をかしてくれるくらいに、誰かがやってくるのを待ち望んでいたわけなのだから。
「あー、そうするともし僕がメリンダさんの為に協力してうまく次の段階に行けたとして、僕ではないミルアの希望をかなえてくれるということでしょうか。例えば僕がミルアの身体を借りているようにメリンダさんがミルアの身体に入るなんてことも希望があればやってくれるんでしょうか。」
「そうね、希望があればかまわないわ。昔にも次の段階に進んだ魔女が別の魔女の身を借りたことはあるし、受け入れる側にとっても名誉なことなの。自分自身が次の段階に進むことの次にすばらしいことね。あ、でも今のミルアちゃんいえノムラさんを追い出したりはしないから安心して。」
「僕がいつまでこのミルアの身体を使わせてもらうのかという期限は決めていないのですが、そんなに長くならないようにするつもりです。」
「わたしのからだも、メリンダにならつかってもらっていいよ~。」
マリアもそんなことを言う。
「ありがとう。でもマリアちゃんはまだ自我が安定していないから、しばらくはやらない方がいいわね。もうちょっと大きくなったらお願いするかもしれないから、その時はよろしくね。」
「わかった~。」
さっきからメリンダさんの手をとっているマリアは、そのままの姿勢で答えた。
「ではミルアちゃん、マリアちゃん、魔力をお願い。」
前はメリンダさんを目覚めさせるために魔力を送ったけど、今度は眠りにつかせるため、それとも別の意味で目覚めさせるためか。とにかく前と同じように魔力を送り込んだ。
僕とマリアの送り込んだ魔力が、メリンダさんの身体を満たす。そしでメリンダさん自身の魔力と混ざり合っていく。
前の時よりも長い時間がたったような気がした時、メリンダさんの様子が変化する。かすかにあった呼吸による胸の動きなどが無くなり、動かない人形のようになる。そういえば前の時は呼吸を確認しようとして耳を近づけたら、息を吹きかけられたりしたっけ。
『そろそろかしら。もうちょっとお願いね。』
メリンダさんの声ではなく魔力による伝達があった。
『よいしょっと。』
上半身を起こすメリンダさん。身体ではなく魔力の身体の上半身をだ。
「魔力はこのままでいいですか。」
『ええ。』
その言葉にしたがって、しばらく魔力を流し続ける。そうすると前に見た眠っているときのように身体を魔力の殻のようなものがつつんでいく。その殻に押し出されるような感じで、魔力の身体になったメリンダさんの全身が浮かんでいく。
『もういいわ。ありがとう。』
メリンダさんの言葉で、魔力を送り込むのを終わらせる。僕とマリアが手をはなすと、メリンダさんの手もゆっくりと下がり、他の部分と同じように魔力の殻につつまれる。
試しにさわってみたら、石像のように固くなっていた。ほっぺたも指でつっついてみたけどカチカチだった。
「わあ、かたい。」
僕の真似をしてマリアもさわってた。
「あ、失礼しました。」
背後に移動して覗き込んでいるメリンダさんにあやまっておく。
『いえ別にかまいません。もうそれは私ではありませんから。』
魔力だけになっても使い魔以上に濃密な魔力なので、メリンダさんが前後にいるように感じられる。魔力による声も、実際の声と変わらない。これが魔力感知能力が低い人だとまた違うのかもしれないけど。
かまわないと言われたからといって、いつまでもほっぺをさわってるわけにもいかないので、メリンダさんの身体から離れる。
「この身体は、ずっとこのままなのですか。」
と気になったことを聞く。
『これだけしっかりと魔力を使ってあるなら100年くらいはこのままかしら。』
そう答えると部屋を出て行ってしまう。あまり元の身体に関心はないということなんだろうか。
僕とマリアも続いて部屋をでる。
『それじゃあ最後にいっしょにここに魔力を流してちょうだい。』
という言葉に従ってドアの横に手を当てて魔力を流すと、ドアは閉じた。
『これで私たち3人かその力を受け継ぐ者以外には開けられなくなったわ。』
そう言うとこれでやることは終わったとばかりに戻ろうとするメリンダさん。
「ちょっと待ってください。」
その時、僕に問題が生じていた。転生マシンからの緊急連絡だ。
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