第133話 最後の日
この世界で過ごす最後の日は、それまでと特にかわることなく始まった。しかしこの時の僕には、当然ながら最後の日だなんてことはわかるはずもなかった。
「それじゃ、いきましょうか。」
メリンダさんはそう言って馬車に乗り込み、マリアも後に続く。
「よろしくお願いします。」
僕は御者席にいるノーランにひとこと挨拶してから乗る。なぜノーランが御者をしてるのか不思議だったけど、付き添いではなく御者としてなら付いてこれるからだろうと推測した。聖堂に3人だけで訪問するのはメリンダさんの意向だ。
付いてきたいというナタリアさんやアリシアはきっぱりと断られていた。夕食の席では何も言わなかったノーランは、もしかしたらその時からこうして付いてくることを考えていたのかもしれない。
馬車の中で、メリンダさんがマリアに目覚めた時のことを聞いたけれど、マリアは覚えていないと答えていた。たしか同じようなことは前にも聞いていた。あとは僕が墓所という呼び名についてメリンダさんに質問したりもした。
しかし同じ街のなかの移動なので、それほど長い話をすることもなく聖堂に着いた。馬車は門から中に入り、前にもきた博物館みたいな大きな建物の前にとまった。この中の一番奥に、僕が開けてしまった開かずの間がある。
「すいません、建物に入る前にトイレ行ってきていいですか。マリアは大丈夫?」
「わたしはへいき。」
「それじゃあ行ってきます。あ、トイレってこっちでいいんでしたっけ。」
ノーランに声をかけると、
「それではご案内しましょう。」
と馬車は職員らしき人に預けていっしょについて来てくれた。出迎えみたいなのはないけど僕らが来る事はわかっていたようで、職員や警備員みたいな人は少し離れた場所に待機していたのだ。
前にも来たことがあるトイレに向かう道すがらノーランと話をする。
「ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。何か話があったのでは?」
そう言ってかすかに微笑む。アリシアといっしょにいると彼女の個性に隠れる印象だけど、ノーランもかなりの美青年だ。それに頭の回転も早い。
「えー、と。メリンダさんのことなんですけど。」
「はい。」
「メリンダさんは偉い人なのですか。ナタリアさんも貴族ですが、なにか違うような気がするのですが。」
今度は苦笑する感じで笑い、答えてくれた。
「そうですね。ミルアさんはこちらの世界の常識にうといのでしたね。貴族といっても、我がレイク家などほとんどの貴族は単に聖なる力を使える者でしかありません。」
「聖なる力つまり魔法が使えるのが貴族になるのではなかったでしたっけ。」
「そうです。しかしその中でもメリンダ様のような方は、聖なる力に祝福された特別な存在なのです。」
「それは真なる魔女、つまり何も食べなくても生きられる魔女だから、ですね。」
「その通りです。僕らのような普通の貴族に比べてさえ、さらに先に進んだ超越者に近い存在です。」
ノーランの説明でこの世界のことがまた少しわかった。たしか前に見た聖堂の中の展示でも、過去の強い魔力を持つ聖人についてのものが多くあった。
しかし食事をする必要が無いということなら、僕つまりミルアもそうだし、マリアもおそらくそうだ。ただマリアなどはアリシアに負けないくらい沢山食べているし、食べる必要が無い真の魔女だとは思われていないだろう。僕もほどほどには食べてるし。
話をしているうちにトイレについたので、中に入って用をすます。今回は本当にトイレに行きたかったのだ。
トイレから出てくるとノーランが待っていてくれたので、一緒にもどる。
「ミルアさん。」
少し思いつめたような感じでノーランが話しかけてくる。愛の告白ではないだろうけど、何かそう思わせるものもある真剣な態度だ。
「はい、なんでしょう。」
「メリンダ様のことをお願いします。私がいっしょに付いて行ければいいのですが、出来ないので。」
僕ではなくメリンダさんだったか。いや、愛の告白ではないだろうけど。
「わかりました。僕の魔力の及ぶ限り、頑張ります。」
このときはそんなに魔力を使うとは思ってなかったけど、魔法使いっぽくそんな風に答えた。
「こちらからもお願いというか、多分大丈夫だと思うのですが、また前みたいに何か起きたら対応をお願いします。」
これは前にマリアが目覚めた時に魔法で戦った後始末をしてもらったことを想定してのものだ。この時は特に何か起きるとは思っていなかったし、実際に前みたいな魔法の戦いは起きなかった。
聖堂の入り口に戻るとノーランと別れ、メリンダさんとマリアと一緒に中に入った。前は入り口の壁に手を当てて魔力を流したのだけど、今回は何もしないですたすたと歩くメリンダさんの後に続く。
誰もいない聖堂の展示物の前を足早にとおりすぎて、最後の場所にある小さな部屋に着いた。前に魔力を流し込んで開いた奥の扉は閉まっていた。
「それではミルアちゃん、お願い。」
メリンダさんに言われるままに扉の横の壁に手を当てて魔力を流し込むと、前と同じように扉がゆっくりと開く。
扉の先の通路は薄暗いままだったが、前にあったかび臭さはほとんど感じない。これは扉が開いていた時に風が通ったからだろうか。
見ているうちに壁についている魔道具で通路が明るくなる。
「さ、行きましょう。」
メリンダさんが扉の先に進むのであとに続く。
「明かりはメリンダさんが何かしたんですか。」
「ええ、使い方は今のと同じよ。」
なるほど、魔道具だから魔力でスイッチが入れられるのか。
通路の突き当たりを曲がった先の壁にはドアが並んでいて、ホテルの廊下を連想させる。開いているドアもあったので中をのぞくと、狭い部屋に布団をひいたらベッドになりそうな台もあり、そんなところもホテルを連想させた。
「ここで少し待っていてちょうだい。」
メリンダさんは途中にある部屋のドアを開けて中に入っていった。ドアの横に部屋番号ではないけど何か紋章みたいなのが描かれた板があり、その少し下に手を当てて魔力を流してドアを開けていた。
「マリアはこの辺に見覚えあるかな。」
「わかんない。」
マリアも普段よりもおとなしい感じだ。先ほどメリンダさんから聞いた墓所についての説明によれば、この部屋も含めたいくつかの部屋に、次の段階に進んだ魔女の身体が残されているということだ。この部屋は、おそらくメリンダさんの御先祖とかゆかりのある人のものなのだろう。
すこししてメリンダさんが部屋を出てくる。
「どうでしたか。」
黙っているメリンダさんに、何か話しかけようとしてそんな質問ともつかないことを言った。
「だめだったわ。いえ、ご先祖の身体に挨拶はできたのだから目的の一部は達成になるのかしら。」
そこでいったん話をやめて何か考えている様子で首をかしげる。
「そうね、ミルアちゃんにはこの後も協力してもらう必要があるのだから何でも言ったほうがいいわね。ここにいるのは聖女メランダ。私の先祖になるの。」
「まえに聞いたような気がします。たしかここの展示にも出てくる有名な偉人ですね。」
「そうなの。だめだったというのは、メランダの残された身体を調べれば次の段階に進むヒントが得られると思ったけど何もわからなかったということ。でもそれとは別にわかったこともあるわ。」
「それは?」
「ミルアちゃんの森の家にいた使い魔のナイン。あれはおそらくメランダの使い魔ね。魔力のパターンがよく似ているから。」
「そうなんですか。するとメランダさんが次の段階に進んだ後は、主を持たずに森で生きていたということなんでしょうか。」
「おそらくね。でも主を失った使い魔がこれほど長く形を保っているのは異例で、聞いたことがないわ。」
「そういえば食べ物を食べる使い魔も珍しいという話でしたね。」
「そう、それに次の段階に進む目処がついた時には自分の使い魔を誰かに譲るのが普通で、自由にさせるというのは他に知らない。」
そう言ったメリンダさんが、マリアの方を見る。
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