第122話 目覚めとお菓子

セブンに先導されてベッドに近づいていく。ベッドの上のメリンダさんは身動き一つしない。呼吸によって生じるはずのわずかな胸の動きも、見た限りではない。

魔力は身体全体を均等に覆っているような状態で、こちらも動きは無い。通常は魔力も少しゆらゆらした変化をしているのだけど、メリンダさんのは身体が魔力の殻にはいっているかのようだ。


「おかしがあるね。」


マリアの見ているベッド脇の小さなテーブルには、使い魔が買ってきたのだろうお菓子が乗っている。あの2つセットで100ペアという高価なケーキだ。


「本当だね。」


マリアに軽く同意してからセブンに質問する。


「それでどうすればいいのかな。単純に魔力を送ればいいんでしょうか。」


『マリア殿の時と同じでかまわぬだろう。』


「わたしのときはまりょくをばーっておくってもらってめがさめたの。」


セブンとマリアの言うところによれば、単純に魔力を送ればいいのだろう。といっても、さてどこから送り込めばいいのだろう。マリアの時はドアを開けようとして魔力を流し込んだので、眠っているマリアを直接見たわけではない。

ベッドの上のメリンダさんは首の所までは毛布でおおわれていて、外に出ているのは顔だけだ。顔に触れたり、毛布の下に手をいれることはためらいをおぼえる。

でもまあ無難なところで毛布を少しだけめくって肩に手をあてる。


「それじゃあ始めるよ。」


『お願いする。』


「がんばれ、ミルア。」


ベッドの上に乗っているセブンと、隣にいるマリアが見守るなか、手のひらからゆっくりと魔力を流し込もうとする。最初は少し抵抗みたいなのを感じたけど、一度魔力が通ってからはするすると入っていく。そのまま無理のない範囲つまり楽にだせるくらいの魔力を流し続けていると、すこし反応があった。

体の表面を覆っていた魔力が周囲へも広がってきた。そして身体もわずかながら動いている感じがしたので、魔力は流しつつも自分の耳をメリンダさんの口元に近づける。


「なにしてるの。」


「うん。かすかでも息をしていたらこれでわかるはずなんだけど。うわっ。」


マリアの質問に答えている最中に、耳に息がかかった。というか息をかけられた?



『ふふっ、おどろかせてしまったかしら。ごめんなさいね。』


『お目覚めか、わが主よ。』


『おひさしぶりねナナちゃん。元気にしてた。』


メリンダさんはあいかわらず横になったままで目も閉じているが、魔力の声でセブンと会話をしている。


『あなたがミルアさん、ね。お隣はマリアさんでいいのかしら。』


「こんにちは、ミルアです。」


「マリアだよ。こんにちは。」


『おふたりとも、魔力をありがとうございます。』


「いいえ、それほどでも。」


「マリアは、なにもしてないよ。」


『いえ、ナナちゃんに魔力を与えたのはマリアさんですよね。主としてお礼を言わせてください。』


「うん。どういたしまして。」


マリアが納得したようにうなずく。そもそもマリアがセブンに魔力を与えたのがはじまりなので、そういうことからしてもマリアのおかげでもある。しかしマリアがセブンに魔力を与えたことをメリンダさんが知ってるのは不思議だ。

そう考えたときにメリンダさんの顔がわずかにこちらに動いたので、ビクッとしてしまう。


『もうしわけないけど、身体が動くようになるにはもうすこしかかりそう。しばらくお菓子でも食べて待っていていただけるかしら。アイちゃんに案内させるわ。』


先ほどのぬいぐるみの使い魔がやってきて、ベッド脇においてあるお菓子を持つとこっちを向いて軽くあたまを下げる。付いてくるようにということだろう。


「それじゃあまた後ほど。いこうマリア。」


メリンダさんに挨拶してから、マリアといっしょに使い魔の後に続く。見たところセブンのように魔力の身体ではなく、ぬいぐるみの身体があってそれを魔力で動かしているようだ。ちなみにセブンはメリンダさんのところに残っている。


連れて行かれたのは建物から出た中庭のようになっている場所。そこに公園などで見かけるような屋根だけあって壁の無い小さな東屋があって、テーブルと椅子も置かれていた。


「ここに座って待っていればいいのかな。」


椅子は野外にある物にしては汚れも無くきれいだったので、誰かが掃除しているのだろう。


「おかし、もっていっちゃたね。」


マリアは使い魔の持っていたお菓子が気になるようだった。


「箱のままじゃなく、お皿に分けてくれるんじゃないかな。」


「そうかな。はこのままでもいいのに。」


「ふふ。」


マリアの言葉に笑ってしまった。



それほど待つこともなく、使い魔のアイちゃんがお菓子とお茶のセットをのせたお盆を運んできてテーブルに置く。ぬいぐるみの手なのに、器用にポットからお茶をそそぐ。たぶん魔力も使っているのだろう。

お茶のカップとお菓子のお皿を僕らの前に置くと、テーブルから一歩下がって止まる。


「それじゃあ食べようか。」


「わーい。」


マリアは早速ケーキを食べ始める。色違いのカットされたパウンドケーキのようなのが皿にのせられている。僕はまずお茶を飲もうとカップを手に取る。澄んだ赤い色のお茶はよい香りがした。苦味が弱い紅茶といったら近いだろうか。前にナタリアさんのところで出してくれたお茶と似ている。

ケーキも片方はドライフルーツらしきものが沢山はいっていて、やはりナタリアさんの所で食べたのとすこし似ている。フォークで小さくカットして口に運ぶと、入っているフルーツの量や種類がかなり多めでずっしりとした食感だ。


「これは前にナタリアさんの所で食べたのよりもフルーツが沢山入っていて食べ応えがあるね。」


「うん、まえのもおいしかったけど、これもすごくおいしい。」


「あとでメリンダさんにマリアのこと聞いてみようね。」


「わたしのことって?」


「マリアもメリンダさんみたいに聖堂で眠っていたから、何か関係があるかなと思って。」


「ふーん。」


マリアは興味無さそうな返事で、残っているケーキを食べ始めた。僕も別のケーキも食べてみると、こちらはナッツ類が入っていた。刻まれたナッツは軽く焼いてあるのか香ばしい香りがした。そして少し苦味も感じられる。チョコレートみたいな匂いではなく、コーヒーが近いかな。そういう味付けか、それとも入ってるナッツにそういう味のが混ざっているのかも。


「えー、できたらケーキのおかわりをもらえるかな。僕はいいので、マリアの分だけを。」


ケーキを食べ終わってもまだ食べたそうにしているマリアのために、アイちゃんにたのんでみる。この使い魔はセブンのように話したりはできないみたいだけど、こちらの言うことはわかるはずだ。でないと買い物にいったりもできない。

そういえばセブンがナナちゃんだから、アイちゃんにも元になる名前があるはず。ワンかなあ。

アイちゃんは僕の言ったことを理解したようで、新しいお皿にのったケーキを持ってきてくれた。


「どうもありがとう。ところで、ちょっとさわってもいいかな。」


見た目だけでなくさわった感じもぬいぐるみなのか気になったので、さわっていいか聞いてみた。こちらに手を出したので、たぶんOKだろう。触れた感じはやはりぬいぐるみで、指で少し押してみたけど中身は綿よりも固いなにかが芯になっているようだ。ナインやセブンのように魔力の身体ではなく、実体のある使い魔は初めてだ。ナタリアさんが手紙を魔法で送ったりしていたけど、あれに近い感じかなあ。一度きりの手紙の魔法は、使い魔とは違うみたいでもあるけど。





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登場生物まとめ


ミルア:僕が一時転生している女の子。魔力は強いけど、僕では魔法はほとんど使えない。すこし魔法が使えるようになった。

ナイン:使い魔。身体の大半が魔力なので、魔法は使えるけど使うと身体が減るらしい。

アリシア:貴族の少女。魔力はかなりある。魔法を使うとお腹が減るらしい。

ノーラン:貴族の青年。魔力はそれほどでもないが、魔法は使える。

マリア:謎の女の子。自分の名前も覚えていないので、僕が名前を付けた。魔法は使えて魔力も多い。甘い物好き。

ナタリア:アリシアとノーランの母親。魔法が使える。

セブン:公園で出会った使い魔。主のメリンダには、ナナちゃんと呼ばれている。

メリンダ:眠りの魔女。

アイちゃん:メリンダの使い魔で、見た目は服を着て二本足で歩くイヌのぬいぐるみ。


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