第116話 温水の魔法

食後はマリアに家の案内をした。いっしょにお昼を食べた部屋はテーブルがあり、隅にはカマドもあるのでダイニングキッチンというところか。他の部屋といえばベッドのある寝室で、あとはトイレだけで風呂はない。家の外は出入り口側のハーブなどが生えている庭と、さっき果物をとってきた裏の林といったところを簡単に紹介した。


ベッドについて聞いたらいっしょがいいということだったので、新しいベッドはとりあえず作らないことにした。しかし木材は木を切ってすぐに使える物でもないから、何本か切っておくことにした。ベッドは作らなくても家の修理とかに使うかもしれないので。

木を切るのはマリアの魔法で、僕は木が倒れないように魔力の腕で押さえる役。良さそうな木を見つけたら上の方を魔力の腕でもってからマリアに合図して切ってもらう。切るのは一瞬で、それからゆっくりを木を倒す。倒した後は枝を落としたり、長さをそろえたりする。これも魔法で一瞬だ。

切り倒した木や枝は、家の近くまで運んでまとめておく。枝はもっと細かくしてマキにするつもりだ。

木を切ったあとは、水を汲みに行ったり、森で木の実を探したり芋を掘ったりして午後の時間をすごした。


夕食の時間になると、どこかに行っていたナインがどこからともなくあらわれたので一緒に食事にした。もらってきたソーセージを焼いたものや、芋や野菜を具にしたスープ、それから固めに焼かれたパン。パンは日持ちがするように水分を少なく焼いたものを持たせてくれたのだけど、そのままかじるにはだいぶ固かったのでスープにひたしながら食べた。


食後は木の棒で歯を磨く。この歯磨き用の棒も、アリシアの所で使っていたのをそのまま持ってきた。割り箸くらいの太さの木の端っこを叩いてブラシ状にしてあるものなので、自分でも作れそうだ。

風呂はないのでナインにたのんでシャワーの魔法を使った。魔法のお湯だから終わると消えてしまうから乾かす必要は無いのだけど、気分的に温風の魔法を使って少し髪に当てたりもした。その後に就寝。




そして翌朝、転生5日目かな。最初にこの小屋で1泊して、アリシアの所で2泊、そして昨夜の1泊で合計4泊だから間違いない。

台所で顔を洗ってから朝食の準備。固いパンはまだ残ってるけど、朝から食べたい気分ではなかったのでパンケーキ的なものを焼くことにする。小麦粉はもらってきたものがあるし、卵は無いけどミルクはミルクの実を裏に採りに行けばある。ついでに食べられそうな実をいくつかデザート用に収穫。ブドウみたいな小さな実が沢山なっているのは前に見たけど食べたこと無かったので一粒味見すると、食感はグミみたいで面白いけど味はかなり酸っぱかった。

小屋に戻るとマリアも起きて家の前にでていた。


「おはよう。」


「おなかすいた。」


「はいはい、まずは顔を洗って着替えてね。」


なんか小さな子と暮らしてるみたいだけど、外見だと子供同士だけど精神としては大人と子供だからそういうものなのかも。

小麦粉をボウルみたいな入れ物に入れ、砂糖と塩も加える。

着替えてきたマリアに、ミルクの実の殻をカットしてもらって、中身を半分くらい使う。膨らし粉はないから生地はゆるめにして薄く焼くことにする。余ったミルクはそのまま飲む用に分けておく。

ミルクを加えた粉を混ぜる。このとき魔力の指を使うとくっつかないので便利だ。

カマドに火を起こして、フライパンみたいな浅い鍋に油をしいてから焼く。ひっくり返すのも魔力の腕なら素手でも熱くない。魔力の腕にも触覚のような力の反動を感じる感覚はあるし温度もなんとなくわかるけど、痛かったり熱かったりはしない。

クレープよりも少し厚めかなという感じのパンケーキを10枚くらい焼いた。そのままでもほんのり甘いけど、甘いもの好きなマリアの為にハチミツも用意する。


「できたよ~。」


といいながらパンケーキやミルク、果物をテーブルに持っていく。


「やったー。」


『待ってました。』


マリアだけでなく、ナインもいつの間にかいた。森に戻ってからは単独行動が増えてるけど、食事時には必ずやってくる。

最初の1枚は、薄くハチミツをぬってから各自の皿にくばる。ナイン用は食べやすいようにくるくる丸めてひと口サイズにカットした。


「さあどうぞ。」


そう言って自分でもパンケーキを口にしてみると、味見でわかっていたけど素朴な味だ。ふんわり感は無く甘さも控えめだけど、食事としては許容範囲だろう。

マリアは最初の一枚をすぐに食べ、二枚目にとりかかる。さっきの倍くらいのハチミツをかけている。この調子だとすぐに無くなってしまいそう。今でているのを食べてしまっても、もらってきたハチミツがまだ残ってはいるが。

パンケーキはマリアが5枚でナインが3枚、僕は2、3枚は食べた。

デザートの酸っぱいブドウの実みたいなのは人気なかったけど、もうひとつのオレンジみたいなのはまずまず。見た目も味もほぼオレンジだけど、中袋がなく果肉がひと固まりになってるのは食べやすかった。



朝食後は魔法の練習をした。温風の魔法ができたから、次は温水の魔法ができたらと思ったのだ。出来るようになればシャワーだけでなく、トイレにも活用できる。

しかし結果からいうとダメだった。最初の水を生み出すというのが、どうしても出来なかった。


「ごめん、僕には無理だ。」


しばらく練習したのだけど、とうとうあきらめてマリアに弱音をはいた。


「こんなに簡単なのに。」


マリアが手から水を出す。しかし僕には何も無いところから水を出すというのがどうしても出来ない。

温風の魔法の時はその場に存在している空気を加熱して動かすだけだったので、ずっと簡単だった。


「そうか、ちょっと待っててね。」


思いついたことを試すために、家から水を持ってくる。水を生み出すことが無理なら、現実の水を使ったらどうだろうという思いつきだ。

水さえあれば、それを水鉄砲みたいに打ち出すのは簡単だ。そして、その水に魔力を送って加熱することも…。

魔力の腕で水を包み込んで、全体に圧力をかけて一箇所から出すと水鉄砲のように勢い良く出て行く。ここまでは問題なくできる。次に温風の魔法で空気を加熱したように、魔力を送り込んで温める。


「ぬるい。」


指で触れてみると、お湯ではなく冷たくない水というくらいの温度だった。これは水が空気よりも温まりにくいからか。だとすると前よりも沢山の魔力を流し込む必要があるのだろう。

そう考えて、魔力をどんどん流し込む。そうすると水から湯気が出始めて、魔力の腕の感覚でも温かさを感じられた。


「少しやり方が違うけど、お湯ができたよ。」


水を用意する必要があるにしても、自由にお湯が作れるのはうれしい。お風呂は無理でもトイレならこれで用が足りそうだ。しかしマリアの反応はいまひとつ。


「ふーん。」


みたいな軽い応答だった。自由に水を作り出せるマリアにとっては、わざわざ水を用意しなくてはいけない理由がわからないのだろう。


「そういえば前に温風の魔法を練習したときに、何か難しそうなことを言ってたよね。魔力で励起された分子が遷移…、とかなんとか。」


「まりょくによってれいきされたぶんしがせんいするときにほうこうせいがあたえられないのでじゆうなむきのうんどうになる。」


前半の魔力で励起された分子というのは何となくわかる。例えばレーザー光線を出すルビーや炭酸ガスには、まず外部から光をあてて準備する。光をあてることで、炭酸ガスやルビーの分子が余分なエネルギーを持つのだけど、これを励起という。ルビーの分子は酸化アルミニウムだったかな。

そしてエネルギーを得た分子が一度に元に戻るのだけど、この時に出てくる強力な光がレーザーだ。そしてレーザーを発するときのように分子の状態が変化することが遷移。

だからレーザーではないけど、対象物に魔力でエネルギーを与えることで励起して、それが元に戻るつまり遷移するときに、までがマリアの言葉の前半で、この時に何がおこるかというと…。


「方向性が与えられないということは、方向性が与えられる場合もあるということなのかな。」


「そう、ものをうごかすときはまりょくでほうこうせいをあたえている。」


「ああ、わかった気がする。魔力が空気の分子にエネルギーを与えて、同じ方向に動かすと風になって、分子がバラバラの方向に動くと温度が上がるということか。」


空気など気体の分子は毎秒数百メートルという速さで動いているのだけど、その方向がばらばらなので全体としては止まっている。そして温度によって分子の速度が変る。つまり分子の速度を上げてやれば温度が上がる。


「まりょくがここのぶんしにはたらくのはおなじでも、たすうのあつまりではべつのけっかになる。」


「魔力が個々の分子に働くのは同じでも、多数の集まりでは別の結果になる、か。すごいよマリア。もっと魔力について教えて欲しい。」


どうしてマリアがそんなことを知ってるのか。それにこの世界に分子の概念があるのかという疑問は後から考えると当然出てくるのだけど、この時は全然思い至らなかった。



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