第108話 魔力と聖堂
「ふう。」
テーブルの上に沢山ならんでいたお菓子を全て食べ終えてしまったアリシアは、満足そうに息を吐く。
「あの、ごちそうさまでした。」
「気にしないで。それに、ほんのちょっとしか食べてないじゃない。」
「わたしだけじゃなく、ナインにもいっぱい分けてもらいましたし…。」
「それもそうね。それにしてもあれだけの食べ物が、よくこの小さい身体に入るものね。」
そうナインのことを言うアリシアだけど、彼女だって不思議なくらい沢山食べている。今の大量のお菓子の前にも昼食を二人分食べてるのだからかなりのものだ。
「ところであんた、これからどうするの?」
アリシアは続けて聞いてきた。
「どうするって言っても、アリシアさんとノーランさんはわたしを調べにきたんですよね。」
そうなのだ。そもそも二人は、魔力を持つ不審人物として僕のことを調べに来たわけなのだから。
「それはもういいわ。あんたが悪い奴じゃないというのはわかったから。」
そんなに簡単に判断していいんだろうかと思ったけど、僕としてはその方がありがたい。
「自由にしていいんだったら、もう少し町を見てまわりたいと思います。どこか面白そうな所とかありますか?」
「そうね。湖の近くにも市場があって、そっちでは魚とかを売ってるけどそんなに面白くはないわね。まあ屋台で売ってる揚げた魚はわりといけるけど。」
「いいですね。もう少しお腹が減ってから行ってみます。」
今はまだおなかいっぱいだ。
「他には聖堂かしら。過去の聖人について展示してある建物は、だれでも見学もできるわ。入場無料だけど、入る時に魔力の寄付を求められるかも。」
教えてもらった聖堂に行くことにして、アリシアと別れた。
別れ際にハンカチを差し出して、もし何かあったらこれを見せればいいと渡してくれた。ハンカチには何かの紋章とイニシャルみたいなものが描かれているので、見れば誰のものかがわかるんだろうか。
こちらからも残っていた果物をわたす。ノーランに渡したのと同じものだ。アリシアが手に取った果物をしげしげと眺めていたのが気になって聞いてみたら、普通のよりも魔力が多いからということだった。市場でノーランが見ていたのも、おそらくは同じ理由なんだろう。
聖堂は大きな建物だったのですぐにわかった。高い塔に鐘があるのは西洋の教会を思わせる。遠くまで音を届けるには高い場所にあった方がいいからそうなるんだろうか。
広い敷地に建物がいくつかあったけど、見学に来ているらしき人は他にもいたので、あとをついていくと目的の場所だった。
入り口は無人で何もしないでも入れるみたいだったけど、たいていの人は壁に手をあてて祈るようにしてから入っていく。その真似をして壁の色が違う部分に手をあてて、魔力を流し込む。他の人もわずかに魔力を流し込んでいたみたいだったのと、アリシアにそんなことを聞いていたからだ。
どのくらいの魔力を流せばいいのかわからなかったけど、ノーランに魔力を送ったときくらいの軽い感じで手のひらから魔力を送り出す。すると電車の自動改札みたいに手をあてていた部分が光った。前の人の時も光っていたのかは気がつかなかったけど、多分これでいいんだろうと魔力を送るのは終わりにして中に入った。
中に展示されているのはアリシアが話してくれた通り、過去の聖人達に関するものが多かった。聖人のほとんどは魔法使いなのだが、ここで用語について少し書いておきたい。
この世界では魔法というのが魔ではなく聖なるものとされている。なのでそういう意味を表すには魔法ではなく聖なる力のように書いた方がいいかもしれないのだけど、わかりやすさと地球人の感覚としてはこれは魔法だろうということでこの文章では魔法と書いている。
貴族という言葉もそうで、こちらの世界での意味としては聖なる力を使える者か聖なる力に祝福された一族のような感じになり、他にも地球での貴族とは異なる部分もあるのだけどわかりやすさのために貴族としている。
そのほか果物の名前も現地語があるのだけど、忘れてしまっているものが多いので覚えている部分からリンゴみたいな果物のように書いている。馬車の馬とかも同様で、地球の馬と全く同じではない。
転生中にはわかっていたことも地球に戻ってくるとだんだん薄れていってしまうので、この文章を書いているのも覚えているうちに異世界での体験を記録しておくためなのだけど、書いている時点ですでに忘れてしまっていることもわりとあるのだ。
展示のなかには魔法と関連する世界の成り立ちなどについて書いてあるものもあった。この世界には魔法はあるのだけど、ゲームやファンタジー小説のような魔物というのは存在しない。魔力なら植物を含む全ての生き物に量の差はあっても存在するのだけど、魔法が使える動物はいない。
つまりこの世界だと魔法は人間だけが使えるものようだ。言葉や道具と同じように、人間と動物を区別するものとして魔法がある。
しかし多くの人は、それほどたいした魔法は使えない。基本的な体内の魔力をコントロールして送り出す程度のことは出来る。音声入力ならぬ魔法入力の道具というのもあって、一部ではあるが手を触れずにオンオフできる部屋の明かりとか、鍵をかけたり開け閉めも可能なドアとかもあるらしい。
その他にアリシアとノーランが僕のとこにやってくるきっかけとなった魔力の監視装置みたいなのも町には設置されてるはずだ。
監視装置といえば、展示を見てまわっている時に警備員らしき人に声をかけられた。
最初は普通の職員かなと思ってたけど、腰に警棒みたいなのをぶら下げたりもしていたので多分警備員で間違いないだろう。
また不審者だと疑われているのかと思ってアリシアにもらったハンカチを見せたら態度が明らかに変わって、すぐにどこかに行ってしまった。
ただナインが動物と間違えられてしまうことがあるというのがわかったので、背中のカゴの中に隠れてもらうことにした。
建物の中は入り組んでいたけれど、順路みたいな表示もあったので特に迷うことはなかった。その順路の最後の方に何もない小さな部屋があった。
部屋に入ってみると、奥の壁に頑丈そうな扉があった。扉は閉まっていて軽く押しても開かない。この部屋や扉の解説みたいな展示がないかなと見回してみたけどそういうのは無く、かわりにドア枠の横の壁に色が変わっている部分を見つけた。建物に入る時に手をあてたのと同じような見た目だった。なので何とはなしに手をふれて、魔力を流し込んでしまった。
ゴ、ゴゴゴゴ…。
重い物が動く音がして、扉が開いた。
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登場生物まとめ
ミルア:僕が一時転生している女の子。魔力は強いけど、僕では魔法はほとんど使えない。
ナイン:使い魔。身体の大半が魔力なので、魔法は使えるけど使うと身体が減るらしい。
アリシア:貴族の少女。魔力はかなりある。魔力を使うとお腹が減るらしい。
ノーラン:貴族の青年。魔力はそれほどでもないが、魔法は使える。
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