第107話 馬車と魔力
何かの折れるような音と叫び声がした方に向かって、アリシアとノーランが駆け出す。少し遅れて僕も立ち上がる。
「僕も行くけど、ナインはどうする?」
と聞いたけど、テーブルの上のナインは残っている饅頭が気になるように、食べてからでいいので来てと言い残して二人の後を追うことにした。
視界の先に事故を起こしたらしき馬車が見えてくる。人ではなく荷物用の荷馬車には沢山の木箱が乗っていて、いくつかは道路に散らばっている。
後ろの車輪が外れかかっていて車体は傾き、地面と車体の間から人の足が出ていた。つながれたままの馬も暴れていて、車体はガタガタ動き、足もバタバタと動いていた。
何人かの人が馬車を持ち上げようとしていたが、荷物が重いからなのか持ち上がらない。
「ちょっとどいて!」
アリシアが大声で叫ぶと、馬車に取り付いていた人が離れる。馬車から出ている足と前輪の間の隙間に、アリシアは自分の身体を足からすべりこませる。頭と肩は出ているが、他の部分は馬車の下にすっぽり入った形だ。
「今から馬車を持ち上げるから、そしたら引っぱりだしなさい。」
アリシアの発する魔力が強くなり、数人でも持ち上がらなかった馬車がじわじわと持ち上がる。すかさず何人かが足を引っ張り、下敷きになっていた男を助け出した。男はうめいているが、命に別状はないようだ。良かった。
「アリシア、もう大丈夫だから早く出て。」
ようやく馬車にたどりついた僕が声をかけたけど、返事はない。馬車の重みが身体にかかっているからなのか、出てこれないようだ。ノーランは、と思ったけど暴れそうになる馬を何とかしようとしているところだ。
どうしようかと考えて、道路に転がっていた木箱が目に入った。箱を引きずって馬車の下に入れたけど隙間がある。その隙間に、魔力の腕を差し込む。
魔力の腕は形を変えることもできて、長く伸ばせば遠くまでとどくけど力は弱くなる。逆に短く太くすれば強い力を出すことも出来るはず。
箱と馬車の隙間で出来る限り太くした魔力の腕は、意外なほどあっさりと馬車を持ち上げることができた。
「アリシア!」
そう声をかけたときには、馬車から自分の身体を引っ張りだして立ち上がるところだった。
「やるじゃない。」
なんか褒められた。
そこにノーランもやってきた。馬はとりあえず落ち着いたみたいだ。
「大丈夫か、アリシア。」
「平気。ちょっと疲れたけど。」
「もしかしたら魔力を借りるかもしれない。」
そう言ってノーランは、馬車の下敷きになっていた男の所に向かった。
ノーランが声をかけると、男は上半身を起こす。それほどひどい状態ではないようだ。しかし片腕は変なふうに曲がっていて、折れているみたいだった。
馬車の調子が悪く、下にもぐって調べている最中に車軸が折れて下敷きになったらしい。
「とりあえず、応急手当だけでもやっておこう。アリシア、大丈夫か。」
ケガの様子をみていたノーランが、アリシアを振り返って尋ねる。
「やるしかないでしょ。」
疲れた顔のアリシアは、それでもきっぱりと言う。
「あの、」
「なによ。」
「わたしので良かったら、魔力使いますか?」
どうしてそんなことを言ったのかは自分でもよくわからないけど、何となくその場の雰囲気にあてられたとかそんな感じだったのだと思う。
「私はいいけど、ノーランは?」
「多分大丈夫だ。それじゃあミルア、僕の肩に手をあててゆっくりと魔力を送り込んで欲しい。」
「はい。」
手のひらをノーランの肩にのせ、そっと魔力を送る。送り込まれた魔力はノーランの身体の中で形を変え、怪我をした男へと流れていくように感じられた。
ノーランの手が触れている折れた腕が、徐々に元通りになっていく。複雑な魔力パターンがケガを治しているのだ。
単なる魔力では体力を回復させることはできるみたいだけど、ケガを治すことはできない。それを可能にするのか魔法だ。複雑な魔力の流れは音楽の演奏、でなければコンピューターのプログラムのようで、短時間のうちにケガがなおっていくのは正に魔法だ。
「すごいですねー。」
「いやそれほどでも。それより魔力はまだ大丈夫?」
「あ、大丈夫です。」
そう話している間も、手から緩やかに魔力が流れていく。このくらいならいつまででも続けられそうだ。
「それなら、もうすこし続けさせてもらうよ。」
ノーランがそう言うと、魔力のパターンが複雑なものから単純なのへと変化した。これは単に魔力を送り込んでいるのかな。
それから少しして、魔力の流れが止まる。
「よし、これで大丈夫だ。これなら医者に行く必要も無いだろう。」
ノーランはさっきまで折れていた所をかるく叩いたが痛みは全く無いようで、叩かれた男も平気な顔をしている。
「すごいですね。折れていた腕があっというまに元通りになるなんて。」
はじめて見た治療魔法にすっかり感心してノーランにそう言ったのだけど、
「いや、あれだけ魔力が使えればこのくらいはたいしたことないよ。」
と謙遜しているような返答だった。
「お腹すいたわ。」
アリシアの声がした。さっき食べたばかりなのにと思ったけど、魔力を使うとお腹が減ると言ってたから、そのせいなんだろうか。それにしては僕は全然そんな感じがしないのが不思議。
「ここは僕がやっておくから、良かったら何か食べてきたら。」
「わかった。じゃ、行きましょ。」
ノーランの言葉にアリシアは短く答えて、僕の手を取る。
「このかっこうじゃ店の中には入りにくいし、さっきの所でいいわね。」
続けてそう言うアリシアの服には、あちこちに地面の泥がついている。
さっきまで座っていたテーブルに戻ると僕のカゴはそのままあり、テーブルの上にはナインがいた。
『残っていたのは全部いただいたよ。』
と、ナイン。結構残っていたはずだけど、すごいな。
アリシアには聞こえなかったようで特にナインには反応せず、近くにいた菓子の売り子を呼んでいた。そして沢山の菓子がテーブルに並んだ。
「あんたも好きなもの食べていいわよ。」
そう言ったアリシアは、柏餅みたいな葉に包まれた餅のようなものを口に運んだ。僕は黄色い芋羊羹みたいなのを付属の串で小さく切って食べる。うん、これは芋羊羹だ。ナインも欲しがったので、ひと口あげる。まだ食べるのか。
「すごかったですね。あんな風に馬車の下にもぐりこむなんて。もしかしたら自分も潰されてしまうかもしれないのに。」
アリシアに話しかけてみる。少し前から僕に対する態度が変わってきた感じなので、友好を深めようという思いもあったけど、単純に感心したというのもある。物語だとありがちで、レ・ミゼラブルにもジャンバルジャンがやはり馬車の下敷きになった老人を助けるために自分も馬車の下にもぐるというのがあるけど、現実にそんなことがあったとして出来る人はまれだろう。
「ふん。魔力があるんだから、あのくらいで潰されたりしないわよ。」
そう答えながらも、お菓子を食べる手は止めないアリシアだった。
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登場生物まとめ
ミルア:僕が一時転生している女の子。魔力は強いけど、僕では魔法はほとんど使えない。
ナイン:使い魔。身体の大半が魔力なので、魔法は使えるけど使うと身体が減るらしい。
アリシア:貴族の少女。魔力はかなりある。魔力を使うとお腹が減るらしい。
ノーラン:貴族の青年。魔力はそれほどでもないが、魔法は使える。
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