第77話 命名

「預言の書というのはフィクションですよね。元になる事実があったとしても、何百年も前の話だし。」


「だいたい千年前くらいのことです。」


だとすると目の前のヒトは千年前から生きていることになるけど、そんなのはありえない。これがSFなら不老不死とか人工冬眠みたいなのがあるけど。あとは人間そっくりのロボットか。


「あなたが本当に千年前の災厄のヒトだとしたら、今も生きている理由みたいなのがあると思うのですが教えてもらえますか。」


「簡単に言うと私はヒトではなく、ヒトに似せて作られた機械なのです。」


ロボットだったか。


「作ったのは古代ヒト文明のヒトですか。」


「その通りです。私は使役動物と同じように、人間の役に立つようにつくられた使役機械なのです。」


使役動物というのは今の豚人のことなのか。それに見た目がヒトそっくりで普通に会話できるロボット、それも千年以上動いてるなんてにわかには信じられない。


「えーと、聞きたいことがありすぎてまとまらないんですが、預言の書に書かれているヒト文明の滅亡の話は本当ということなんですね。」


「わかりました、では簡単にまとめて説明いたします。」



簡単にというわりには長い説明だったけど、記憶の範囲で再現して書いてみる。


目の前の彼のような使役機械がつくられたのは、ヒト文明が宇宙にまで広がった後のことで、主に宇宙で使用されていたらしい。地上ではそれ以前から、使役動物としてのフトが使われていた。

フトはもともとヒトと同じように二足歩行をする動物で、ヒトとは別の大陸で進化したらしい。地球でもオーストラリアの動物が他の大陸とは異なっているなんてのがあったから、そういうこともあるのかも。

発見された当初のフトは言葉も使えず、知性も低かったのだけど、ヒトに使役されるうちに言葉を使えるようになり知性も上昇したということだ。これは地球で犬を品種改良したのと似ているかも。


ヒト文明を終わらせた戦争の原因は、フトに人権をみとめるか否かというものだったらしい。宇宙ステーションにすむ天空人は、フトがいなくても使役機械があるので人権を認める方向。地上に住む大地人は、フトの労働力を必要としていたので認めない方向。そして天空人と大地人の間で争いになり、全面戦争へと広がった。


結果としてヒトは滅亡一歩手前にまでなって、言葉や知性を失ってしまった。何らかの細菌兵器か化学兵器が使われたことも影響しているみたいだ。

野外の農場や開拓地での作業をしていたフトはそれなりの数が生き残り、彼らが新たに文明を発達させて今に至るということらしい。



「なるほど、だいたいわかりました。そしてあなたも今のフト文明の発達に力を貸したということなんですね。」


「その通りです。預言の書に書かれているのは、どちらかというとうまくいかなかった場合の話で、最近はわりとうまくいっていると言えるでしょう。」


「うまく言った結果が、この研究所というわけですね。」


「まあその通りです。」


ここまでの会話で、歴史的なことはわかったのだけど、僕が呼ばれた理由はまだ何もわかっていない。


「ところで、僕を呼んだ理由について聞かせてもらってもいいでしょうか。」


「もちろんです。あなたに私のマスターになって欲しいのです。」




「え、と。それはつまりあれだ。ヒトに使役されるために作られたあなたには、誰か仕えるべきヒトが必要で、それが僕だということでしょうか。」


「そのとおりです。ヒトなら誰でもよいわけではなく、一定以上の知性を備えている必要があるのです。」


目の前の彼はロボットで、誰か主人が必要。そしてそれは豚人ではだめで、ヒトそれも知性をそなえたヒトでなければならないということか。


「僕はまあ知性をそなえているのは確かですが、実はこの世界の者ではなくて、別の世界から一時的に精神だけでやってきてこの身体をかりている状態なんです。」


「それはアレク技師の報告にも書いてあるのを読みました。そうだったとしても、ヒトであり知性を持っているという条件には反しないので問題ありません。」


それでいいんだろうかと思ったけど、そういうのは機械だから想定外の条件に反応できないのかもしれない。

しかし別の世界の僕が、こんなにこの世界のことに深くかかわっていいんだろうか。なんとか話を引き伸ばして、断る方向へ持っていこう。そう思って、少し話をそらすつもりでこんな質問をした。


「そういえばあなたの名前を教えてもらっていいですか。ぼくがダンというのは報告書にも書いてあったのでご存知だと思いますが、この世界に来たときに最初に会ったマイという女の子につけてもらった名前です。」


「私の名前ですか。仮の名前はいくつかあるのですが、そうだ、私に何か新しい名前を付けてもらえませんか。」


これで話がそらせると思った僕は、少し時間をかけて名前を考えた。そして前に読んだSFに出てきた、やはり人間にそっくりな見た目のロボットの名前に決めた。


「ダニール、というのはどうです。」


「了解しました。私の名前はダニール。登録完了。これであなたが私のマスターです。」



ちょっと待って、名前を付けるとマスターになるなんて聞いてないよ。


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