第75話 別離
「ダン、行っちゃうの。」
サラが聞いてきた。僕は着の身着のままですぐにでも行けるけど、アンナさんの準備を待っているところだ。アレク技官はどこかに連絡するために場を外している。
なので僕はやることもなく広間にいるのだけど、大人の豚人やヒトは近づいてこない。
「そうだよ。やらなきゃいけないことがあるんだ。」
まあ具体的に何をやるかはまだ知らないんだけど。
「行っちゃやだっ!」
これは僕にしがみついてるフレッド。
「男にはやらなきゃならない時があるんだ。」
とかっこつけたセリフを言ってみたけど、どうだろう。
「それじゃあ、頑張ってね。」
サラの方に通じたみたいだ。サラは向こうで待ってる母親の所に戻っていった。母親はサラをぎゅっと抱きとめる。その隣では、別の豚人の子がやはり親につかまれていた。
手を振ってみたら、振りかえしてくれた。
フレッドの親代わりをしている豚人の女性が近づいてきた。よく見ると後ろにエリがかくれている。
「どうも。」
いちおう挨拶しておく。
「フレッドがすみません。」
「いえかまいません。エリも見送りにきてくれたのかな。ありがとう。」
エリは黙って手をこちらに差し出した。手には二つ折りにされた紙が握られている。
「えと、これをくれるのかな。」
エリがうなずいたので、紙を受け取る。ダンへと書いてあるので手紙だろう。
「すごいね。もう手紙が書けるようになったんだ。」
エリは首をふったけど、豚人の女性が一緒に書いたのだと説明してくれた。
「さて、じゃあちょっとトイレに行ってくる。」
フレッドもトイレまで付いてくる気はないみたいで、一人でトイレに行った。
トイレから出て戻る途中で、アンナさんを見つけた。荷物を持ってるので用意はできたのだろう。他にもう一人、食堂のおばちゃんもいて何か話していた。
「くれぐれも気をつけるんだよ。アンナ。」
「わかってる。別に危ないことなんて無いかもしれないし。」
「本当にそう思ってるなら、無理についていかなくてもいいじゃないか。」
「それは、…。」
「まあしょうがない。この子は昔っから言い出したら聞かないんだから。」
「ごめんなさい。お母さん。」
なんと、あの二人は親子だったのか。そういえば似てる、いや似てない。顔は豚人だからあまり区別がつかないけど、体型がわりとほっそりのアンナさんと、かなりぽっちゃりのおばちゃんだと似てるとは言いがたい。例えて言えば、ロシア人の親子といったとこだろうか。
「ダン、いたのかい。ちょうど良かった。」
「ああどうも。それは、何ですか。」
おばちゃんは僕に気が付くと、手に持った何かをこちらに渡そうとした。
「お弁当だよ。少し多めに詰めといたんで二人で多かったら、あの警察の兄さんだか姉さんだかに分けてやってもいいよ。」
「ありがとうございます。」
僕はその袋にはいった弁当を受け取る。兄さんだか姉さんだかというのはアレク技官のことだろう。
「わたしゃ信仰心は薄いし、難しいことはわからないけど、あんたなら大丈夫だよ。また奇跡だっておこせるさ。」
「まあ、がんばってみます。」
ただまあ、何を頑張るのかは僕にもわかっていなかったりする。そもそもどうしてこんな大げさなことになってるのかもわからなかったりする。
おばちゃんと別れ、アンナさんと入り口に行く。フレッドは、エリと豚人の女性の所にいて、今度はくっついてこなかった。彼なりに納得してくれたんだろうか。
「おまたせしました。」
外にいたアレク技官に声をかける。
「じゃあ行こうか。ちょっと車がせまいけど、あとで乗り換えるから少しのあいだの辛抱だ。」
車の座席は地球とあまり変わらず前後2列のシートで5人か6人乗りみたいだ。警官二人が前に、僕、アンナ、アレク技官が後ろに座った。
「では車を出してくれ。」
アレク技官の合図で車は発車した。
車の中でエリにもらった手紙を開いてみると、短い文書だけど、言葉を教えてくれてありがとうみたいなことが書いてあった。
どういたしまして。
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