第71話 夕食

「いやー、あんたすごいんだってね。」


僕とアンナが夕食を食べてるテーブルに来るなりそんなことを言った豚人の女性は、食堂の責任者らしかった。


「いや、それほどでも。」


「それほどでもあるさね。何しろ食堂の手伝いをしてるヒトがいきなり話せるようになったんだから。」


「ああ、さっきの練習に参加してたんですね。」


「おかげで仕事はいつもよりスムーズに進むし、こうしてちょっとくらい抜けてきても大丈夫なくらいさ。」


「ああ、食事いつもありがとうございます。」


「いいって、だってそれが私の仕事なんだから。わたしゃあんまり信心深くはないんだけど、こんな奇跡ならいつだって歓迎するさ。じゃあ、おじゃましたね。」


元気のいい食堂のおばちゃんといった雰囲気の豚人女性はもどっていった。去り際にアンナの肩を軽くポンポンと叩いていったのは何だったんだろう。


「何か申し訳ありません。」


アンナさんが頭をさげる。


「そうでもないですよ。どちらかというとああいう風に率直に感想を言ってくれたほうがありがたいくらいです。」


昨日の車の中でもそうだったけど、豚人からは何となく敬遠されているような感じがする。敬して遠ざけるみたいなのだろうか。

ヒトはだいたい顔見知りになったし、気軽に手をふったり話しかけてきて簡単な会話をしたりする。子供達は豚人、ヒト関係なくまあ仲良し。

でも大人の豚人はというと、ちゃんと話をするのはアンナさんくらいなのだ。


その後は特に会話もなく、だまって食事をした。

夕食のメニューはシチューがメインだけど、これが緑色と少し変わっている。地球にもグリーンカレーはあるけど、カレーではなくシチュー。ほうれん草を使った緑色の料理があるけど、それを似てるかなあという見た目。肉や野菜が沢山入っていて、よく煮込んだコクのある味。野菜もよく目にする赤、黄、緑のニンジンがそれぞれ入っていてカラフルな色合いだ。

他に肉と野菜のソテー、もしくは油で揚げた料理。野菜はそのままで、肉には何か粉をまぶして揚げたか多めの油で焼いたような感じ。

それからサラダなどの付け合せが何品かとデザート。そして紅茶。警察では麦の香りのコーヒーしかなかったけど、ここには紅茶もあるのでそっちを飲むことが多い。何というか紅茶は地球とほぼ同じで、飲むと地球を思い出す。まだ一時転生して三日目だけど、海外旅行で日本食が食べたくなるというのはこういう気持ちなんだろうか。


「そういえば、この世界の名前はあるんですか?」


地球のことを思い出したので、じゃあこの世界の名前はというのが今さら気になってしまったのだ。


「世界ですか。」


「星と言ってもいいのかな。大きな球形の岩や土の塊の表面に僕らは住んでいるわけですが、その土の塊に名前があると思うんですが。」


「そうですね、普通は単に大地と呼んでますね。」


つまり英語のアースみたいなことか。あれも地球以外に土という意味もある。順番的には土の意味のアースをそのまま惑星名にも使ったのだろうけど。


「そういえば預言の書にも書いてありましたね。光る星を周る大地がつくられた、でしたっけ。」


「渦から光る星が生まれ、その周りをまわる大地もつくられた。ですね。」


「そうでした。さすがに詳しいですね。」


そうすると地球人に相当する呼び方としては大地人になるわけか。大地人のもとにやってきた転生者、と書くとラノベみたいだな。


「明日のことですが、何か希望はありますか?」


少し空想に入りかけていた僕に、アンナさんが聞いてきた。明日は何をするかということだろうけど、何をしたらいいか。


「そうですねえ。もしよかったら畑の見学をさせてもらってもいいですか。簡単なお手伝い位ならできると思いますし。」


何となく大地からの連想で、畑を思いつたので言ってみた。異世界の農作物を実際に見てみたいというのも本当だ。


「そんなことでよろしいのですか。それでは明日の朝食後に見学にしましょう。」


「おねがいします。」



4度目の一時転生の三日目は、だいたいこんなものだった。


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