第46話 出会い

「ねえ、そんなところで何してるの。かくれんぼ?」


藁の山の中でぐっすり眠ってしまっているうちに、周囲はすっかり明るくなっていた。いちおう目は覚めたけどうとうとした感じで、そのままどうしようかと考えていた僕のところに小さな女の子がやってきて声をかけた。


「あー、かくれんぼじゃないんだけど。まあ隠れてはいるかな。」


少ししゃべるのに苦労したが、なんとかそれだけ言うことができた。

ゆっくりと藁の中から上半身を起こして、身体についた藁をはらう。


「こんにちは。私はマイ。あなたはだあれ?」


女の子は小学校に上がる前くらいの年齢だろうか。背は座っている僕と同じくらい。体型は少しぽっちゃりとしていて、手には人形を持っている。見た目からすると男の子の人形かな。そして彼女の顔は豚みたいだった。

これは太っているとか容姿をけなす場合の比喩としてではなく、ファンタジーの獣人みたいな意味での豚の顔をしている人間だった。


「あー、こんにちは。げほっ。」


驚きと、口の中が乾いているせいなのか咳き込んでしまった。


「大丈夫? お水もってくるね。」


女の子はトコトコとどこかに走っていった。


少し場所を移動して、藁の山と納屋の間の隙間に座った。女の子は友好的だったけど、他の人がどうかは不明なので、なるべく見つかりにくくするためだ。

自分の顔も豚なのかと思って手で触ってみたけど、普通の人の顔だ。それに女の子の持っていた人形も人の顔だった。昨夜の収容されていた他の人も見た目は人間だったのだから、これまで見た数では人の方が多い。でも記憶にある看守みたいな人は被り物ではなく女の子と同様に豚顔だった気もしてきた。だとすると映画の猿の惑星みたいに、人は豚人に支配されている世界なんだろうか。



「はい、どうぞ。」


女の子が小さなバケツに水を入れてもってきてくれた。子供が砂場とかで使うオモチャのバケツみたいなのだったけど、見た感じは清潔そうだったので受け取って飲んでみた。


「ふう、ありがとう。」


顔を見せるのはどうかとも思ったけど、お礼を言うのに顔を隠したままなのも失礼かとも考えてレインコートのフードを外して顔を出した。


「まあ、あなたヒトなのね。お話できるヒトなんて。わかった、あなたダンね。」


「ダン? それは誰かの名前かな。」


「そう、おはなしダンのダン。そうなんでしょ?」


女の子はうれしそうに手に持った人形を持ち上げてくるくる回っている。あの人形がダンなのか。テレビか何かのキャラクターだろうか。


「実は自分の名前がわからないんだ。だからとりあえずはダンと呼んでくれていいよ。」


あいかわらず自分のというか一時転生中のこの身体の持ち主の記憶はあいまいで、名前も思い出せない。


「よろしくね、ダン。」


くるくる回るのを止めた女の子がこちらに手を伸ばしてきた。握手かな?

僕も手を伸ばして軽く触れる。豚人の手は人間とは違っていて、かなり太い、まあ言ってみれば豚足みたいな手。それでも人形やバケツを持ったりはできているので、個別に指を動かしたりもできるみたいだ。



「マイ~、どこにいるの。ご飯の用意できたわよ~。」


少し離れたところから女の子を呼んでるらしい声がした。


「ママが呼んでるから行かなきゃ。ダンもいっしょに来て。」


僕はどうしたものか一瞬考えたけど、付いていくことにした。このまま逃げ続けても行くあてもないし、マイの反応からすると豚人の人への対応もそんなにひどいものではないだろうとも思ったからだ。


マイは納屋のある裏庭みたいな場所から母屋らしき建物に向かった。縁側みたいなところから部屋に入ったが、僕は外で待っていた。


「おかーさん。」


部屋の中でマイが母親に何か言ってるのが聞こえた。聞こえ漏れてくる感じでは、あまりうまく伝わっていない。マイが僕のことを母親に言ってるのだけど、母親はダンというのはマイの持ってる人形のことだと思っているみたい。そして世の母親の多くがそうであるように、子供の言うことをあまり真剣に聞かず、大人の都合で動かそうとしてるのだろうか。


「いいから早く朝ごはん食べなさい。」


「その前に、こっちきてよー」


それでもようやくマイが母親らしき人の手を引いて、僕のいる縁側の近くにやってきた。

目があったので軽くお辞儀をする。何事も第一印象と挨拶が大切だ。


「ほら本当でしょう。ダンいたでしょ。」


母親は少し驚いたような困惑した様子だ。豚人の表情はよくわからないけど、口に手を当てて、まあとかどうしましょう的なことをつぶやいている。


「近所にヒトがいる家なんてあったかしら。どこに連絡すれば…。」


「ダンこっち来て。」


「駄目よ。待ちなさい。待て!」



マイの母親がぶつぶつ独り言みたいに何かを言ってるうちにマイに呼ばれたのでそっちに行こうとすると、マイの母親があわてて止めたので立ち止まる。あやしい者じゃないと言った方がいいかなと思ったけど、言っても信用されるかわからないし、とりあえず黙ってることにした。



「ダンね、お話できるんだよ。」


「そんなわけないでしょ。」


「本当だもん。さっきお話したんだもん。」


となにやら母と娘で言い合いになってしまっている。話せる人は珍しいのかな。



「あー、こんにちは。マイの言うことは本当ですよ。ダンと呼んでください。」


「きゃー、ヒトがしゃべったー!」


なんか驚かせてしまった。



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