第47話 逮捕
「ねえ、話せるヒトってめずらしいの?」
マイの母親は驚いて動きを止めているので、ぼくは動かずに小声でマイに聞いてみた。あまり急激に動くとさらに驚かれて警察でも呼ばれるかと思ったからだ。まあ結局は警察を呼ばれたわけだけど。
「おはなしダンには出てくるよ。ダンだけじゃなくベンとかねー。」
「近所にいるヒトで誰か話せたりするかな?」
近所に僕と同じようなヒトがいるというのは、さっきマイの母親が言ってたことだ。
「うーん、いないかな。でも言ったことはわかるんだよ。止まれ、とか座れとか。」
なんか犬みたいな扱いだな。地球でいきなり犬が話しかけてきたらと考えたら、マイの母親の驚きも不思議ではないのかも。でもどうしてそんな世界に転生することになったのか。転生マシンの設定を何か間違えたかなあ。
「ねえお母さん。ダンに家に入ってもらってもいいでしょ。」
マイが母親に言うと。
「ダメよ。ダメッ。」
と強く拒否された。
「じゃあそこに座って。」
と言われたので、縁側に腰掛ける。こんどはダメと言われなかった。レインコートも脱いでたたんで横に置く。着てると暑いけど、脱ぐと少し肌寒い。スースーするし。
「いっしょに朝ごはん食べましょ。」
とさそわれけど、これはマイの独断では決められないだろう。
マイの母親の方を見上げると、少し迷っていたようだけど心を決めた様子で、
「いいわ。でも場所はそこで。マイ、あなたも用意手伝って。」
と言うと部屋の奥に入っていった。
「ちょっと待っててね。」
マイも一緒だ。
見ていると二人で皿を用意したり、盛り付けたりしているみたいだった。マイが自分の皿からも何かを乗せようとして止められたりもしていた。
「はいどうぞ。好き嫌いしちゃダメよ。」
と自分がいつも言われてるだろうことを言ってマイが皿を持ってきた。
「どうぞ。」
マイの母親はコップとフォークを持ってきてくれた。フォークは少し幅が広く、先の部分は5つに別れてる。
「どうもありがとう。いただきます。」
礼を言って料理を受け取る。
コップの中身はにごった茶色の液体で、薄いコーヒー牛乳みたいな色合い。コーヒーみたいな強い香りはなく、麦茶風のやわらかな香りと苦味の子供でも飲めそうな味だった。
料理は小さくていびつな形のパンケーキ?、みたいなものに具の入ったスクランブルエッグ風の何かが添えてある。パンケーキみたいなのは食べた感じもパンケーキで、ふっくらというよりはどっしりとした食感。スクランブルエッグ風のもスクランブルエッグみたいな味で、具はベーコンとか野菜の細切れ。ベーコンは何の肉だろうとか考えたけど、口には出さない。
他にニンジンみたいな野菜とか、ニンジンみたいだけど色は緑の野菜があった。
「ねえ、これあげる。」
母親が席を外したすきにマイがこっちに来て、僕の皿に野菜を乗せた。こっちの世界でも子供は野菜が嫌いなのかな。
「ありがとう。おなかすいてたんだ。」
親でもないのに小うるさいことを言うつもりはないし、こちらの世界で始めて会った相手なのでなるべく友好的にというのもある。それにおなかがすいてるのも本当だ。
そういえば、これが転生後の最初の食事だった。
マイは母親が戻ってこないうちに、自分の場所に戻った。僕はもらった野菜をフォークに刺して持ち上げる。緑のニンジンは、ブロッコリーを少し濃くしたような味。緑色ということは根菜じゃなくて地上になる実なんだろうか。
部屋の中を見ながら、だいたいマイとペースをあわせて食事をすすめる。二人ともだいたい食べ終わっている。
マイの母親は席を外してる。多分どこかに連絡してるんだろう。警察かなあ、猟友会みたいな所だったらやだなあとか適当なことを考えていた。
「ねえ、ダンはおはなしする他に何かできるの?」
食事を終えたらしいマイがこっちに来て言った。いそいで飲み物を飲み干す。
「そうだね。何か使ってもいい紙はあるかな。」
紙はトイレにもあったから多分あるだろう。マイは広告チラシみたいな紙を何枚か持って来た。どこかの店の広告で、じっくり読みたかったけどマイにせっつかれたので折り紙を作る。
「じゃあまず簡単なところで、箱を作るね。」
長方形の紙で箱を折る。これは台所の生ゴミいれとかにするのによく作ってたので覚えてた。
「ヘー。」
つかみとしてはこんなところだろうか。次は紙をまず正方形にして。
「これは折り鶴といって鳥の形なんだけど、この近くにはいないかも。でもこうやって、こうすると、ほら鳥みただよね。」
作った折り鶴をマイの手のひらにのせる。豚足みたいな手だけど、手のひらはあるのだ。
「すごーい。」
マイは折り鶴を手に持って眺めている。そういえばこっちの世界に鶴はいるんだろうか。まあ言葉があるのだからいるのかなあ。
「次は何にしようかな。」
と言いながら、何を作るか考えていた。それほど折り紙に詳しいわけでもないので、イザ作ろうと思ってもそんなに思いつかない。でも子供のころに広告でよく作ったのを思い出して折りはじめる。これは単純なつくりだけど音がして面白いだろう。
「それはなあに。」
「ちょっとまってね。もうすぐできる、できた。」
僕は出来上がった物を手に持つ。見た目は単なるぺちゃんこの三角形だ。
「ちょっと大きな音がするからびっくりしないでね。」
いちおう予告しておく。
手を上に上げて勢い良く振り下ろす。
パンッ!
乾いた音がした。紙鉄砲は成功した。
「ねえ、それ私にもできる?」
マイは大きな音にも驚かず、喜んでいた。
「ちょっと待ってね。これをたたんで、と。はい、ここをしっかり持って勢い良く振るんだよ。」
「わかった。」
と、和気あいあいと遊んでいるところに、
「警察だ、止まれ!」
と邪魔が入った。
パンッ!
と大きな音がしたが、これはマイの紙鉄砲の音。撃たれたわけじゃない。
でもタイミング悪いというか、逮捕されてしまうかも。
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