第16話 一発屋、計略を練る
その後花咲は少し離れた郊外のベッドタウンでビジネスホテルを探すと適当な偽名で宿泊した。
ダブル一室しか空いていなかったのでその部屋に泊まることになり、僕も一緒に泊まることにした。深い意味はないのだろうが、女の子と二人で同じ部屋で一夜を明かすことに僕の方は少々落ち着かない気分である。
ホテルに荷物を置いて一息ついた花咲は「済まないがコンビニで食料品を買ってきてくれないか? お金は渡すから」と僕に頼んだ。
恐らくコンビニの監視カメラに映ることを気にしてのことだろう。
コンビニエンスストアはホテルから歩いて五分ほどの距離だ。
僕は歩きながら携帯電話を取り出すと、親に「期末テストが近いのでクラスの友達と泊まり込みで勉強会をすることになった」と嘘の連絡をしておく。
僕の両親はあまり厳しい方ではないが、そうはいっても二日かそこらが限度だろう。それ以上となると一度家に帰った方が良いかもしれない。
コンビニに入った僕はかごの中にシーチキンのおにぎりやカップ麺を放りこむ。
だが、買い物を済ませて何とはなしに雑誌コーナーに目をやると、大衆向けの週刊雑誌の表紙にあの宿木の顔が映っていた。
『量子コンピュータを開発した天才青年の素顔に迫るインタビュー』
『量子通信グラスは私たちの生活を変える』
そんな記事タイトルが表紙を煽るように印刷されている。
何が天才青年の素顔だ、あいつの本性は人から物をだまし取る詐欺師だ、と言ってやりたい衝動に駆られたがこんなところで毒づいても何にもなるまい。
僕は憤まんやる方ない思いをこらえてレジに向かった。
ふと、そこで何人かの客が自動ドアから入ってくるのが見える。そのうちの一人が使っていたのはあの量子通信グラスだ。
こんなところにもいるのか、と僕は虚を突かれた気分になる。
やろうと思えばあいつは量子通信グラスの利用者すべてに花咲を捕まえるように仕向けることもできるのだ。「賞金をかける」とかこの間のように「罪をねつ造する」とかやりようはいくらでもあるはずである。
それをしないのは、単に態勢が整っていないからなのか、あるいはいつでもやろうと思えばできるという優位な立場に立っていればこその余裕なのかもしれない。
「……早く手を打たないと」
僕は小さく呟いて花咲のいるホテルの部屋へ急いだ。
「なるほどね。こんなところにも量子通信グラスの持ち主がいたか」
コンビニで購入してきたおにぎりと唐揚げを頬張りながら花咲は相槌を打った。
「ああ。宿木の奴がこの先何を仕掛けてくるかわからない。何か反撃の手立てはあるのか?」
深刻な面持ちで質問する僕とは裏腹に彼女は「うんっ」と小さく唸りながら、両腕
を上げつつ肩の関節を伸ばすように間延びをしてみせる。
「……まあ、一人でいる間に考えをまとめてみたのだが、私があいつから量子コンピュータを取り戻すのに必要な条件は三つだ。一つは、量子コンピュータをどこに置いているのか、把握すること」
「この間のネットニュース記事だと、あいつが立ち上げた宿木電子とかいうネットワークサービス会社の事務所に置かれているみたいだったが」
「それを鵜呑みにはできないな。人に悪事を働くような人間は自分も同じことをされやしないかと用心深くなるものだ」
「じゃあ、実際には他の所に隠しているってことか」
彼女は肩をすくめて頷き返す。
「おそらくな。……二つ目はその場所への潜入方法を確保することだ」
「それは難しそうだな。大方厳重に警備されているんだろうけど」
「うん。だが、それができなければそもそも取り返すことはできない」
「三つ目は?」
「宿木の居場所をつかんで、何とかして盗んだ証拠を手に入れることだ。ある意味最初の二つより重要だ」
「盗んだ証拠?」
僕はいまいち言っていることがわからず首をひねる。
花咲が開発した量子コンピュータを自分のものとして発表している時点で、もうあいつが花咲から盗んだのは間違いないではないか。
彼女はそんな僕をたしなめるように、人差し指を立てて話を続ける。
「つまりだな。仮に私たちが量子コンピュータが隠されている場所を見つけて、強引に取り返したとしても、だ。客観的な証拠がなければ私たちが不法侵入と窃盗を犯しているとしか思われないんだ」
「そういえばこの間、警察に訴えようにも盗んだ証拠がなければ捜査はしてもらえない、みたいなことを言っていたな」
「ああ。言い換えるとあいつが量子コンピュータを盗んだときに私の家のセキュリティに使ったウイルスや、私の家に入り込むときに使った合いかぎとか何か不法侵入した証拠があれば客観的な状況証拠になるということだ」
「だがそれをつかむためにはあいつを見つけて接触するしかない、か。マスコミに公表している場所とは違う場所に量子コンピュータがあるのならあいつの本拠地もそこなんだろうな」
だが、どうやって今言った三つの条件をクリアするつもりだろう。
「うむ。……そのために君に協力してもらいたいことがある」
彼女はベッドから身を乗り出すような姿勢で僕を上目遣いで見つめた。
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