第10話 澄と祥子、恋人の守り方を語る

秀と明が、パブリックな場所で、ただの男友達を演じている時、澄と祥子も、人前でただの女友達を演じていました。もっとも、その会話の内容までは、ただの女友達がするようなものではありませんでしたが。


「祥子、わたしね、心配でならないことがあるの」

「へえ、なあに、澄」

「ほら、昨日は、祥子の恋人であるところの、明君が助けに来てくれたし、しゃくだけれども、わたしの恋人となっている秀のおかげで、わたしは大事には至らずに済んだわけじゃない。でも、もし、わたしと祥子の二人きりの時に、誰かに因縁つけられたらどうしたらいいのよ」

「どうしたらいいんだろうねえ、澄」

「何を呑気のんきに構えているのよ、祥子ったら。あなた、自分がどれだけ魅力的な存在かわかっていないの? あなたを目にしちゃったら、どんな男だろうと、いいえ、どんな男女であろうと、その魅力のとりこになっちゃうのよ。そんな風に、あなたにメロメロになっちゃった人間の中には、おかしなことをしでかさない人間が、いないとも限らないのよ」

「限りませんか。じゃあ、澄の場合はどうなの」

「えっ、わたし。わたしはそんな心配する必要ないわよ。わたしは、祥子と違って、この通り、背だって高すぎるし。顔だって、祥子みたいにチャーミングじゃあないし。わたしを見て、言い寄ろうとする人間なんていないわよ。昨日のチンピラにからまれたのだって、わたしがどうこうされようとしたんじゃなくて、単に男女のカップルへの嫌がらせに過ぎないのだろうし……」

「あたしは、澄を見ちゃったら、おかしなことをしでかしそうになっちゃうよ」

「な、何を言っているのよ、祥子。おかしなことを言わないでちょうだい」

「わかった。おかしなことは言わないわ。そのかわり、おかしなことはしてもいいかな。さっきも言ったでしょ。あたし、おかしなことをしでかしそうになるのを、必死になって抑えているんだから。他の人間や、澄自身が、澄のことをどう思っているかは知らないけれど、あたしは、澄のこと、とても魅力的だと思っているんだよ。多分、澄があたしのことを、魅力的だと思ってくれているのと同じくらいに」

「い、いや、それはそのう、ああ、そうよ。今話をしていたのは、わたしの魅力がどうのこうのという話じゃなかったじゃない。わたしと祥子が襲われたら、どうするかという話だったはずよ」

「おや、そうだったね、澄。何てったって、女の子の二人組だもんね。あたし、とっても不安だわ。危機管理をしなくてはならないわね」

「そう、そうよ、祥子。私たちみたいな女の子二人組なんて、カモがネギしょって、ほっかほかのだし汁に浸かろうと、焚き火の準備してるレベルよ。こんないい獲物、そうそうないわ。一体どうしたらいいのかしら」

「そうね。だったら、澄。ひとつ、男の子の格好でもする?」

「な、何でそんな話になるのよ。わたしが、男の子の格好するなんて」

「だって、女の子が二人組でいるから危ないっていう話だったでしょう、澄。なら、片方が男装すれば、男女のカップルに見えるから、危険性は減るじゃない。あたしみたいなタイプが男の子の格好したって、しょうがないし。澄は背が高くて格好いいから、きっと男の子の格好が似合うわ。ねえ、そうしましょうよ」

「でも、だって、その……」

「ああ、でも、あたしが明と恋人にふりをしているのは、女の子同士でいちゃいちゃするのがまずい、という理由だったっけ。澄が男の子の格好してくれるなら、その心配はなくなるわね。明と別れちゃおうかしら」

「だけど、祥子、そんな、こっちの一方的な都合で別れるなんて、明君に悪いと言うか何と言うか……」

「そうよねえ、明と秀君の都合もあるしねえ。そうだ、明に女装して貰えばいいんだ。秀君の女装なんて、ギャグにしかならないけれど、明なら女の子の格好に合いそうだし、秀君も喜ぶかもしれないわ。明は嫌がるかもしれないけど、まず、秀君をその気にさせて、あたしと、澄と秀君の三人がかりなら、嫌がる明一人くらい、無理やりどうとでもなるでしょ」

「祥子、これからは、なるべく四人でいることにしましょう」

「四人でいるかあ。それでいいの、澄」

「うん、それがいい。四人でいれば安心よ。そうよ、そうするべきだわ」

「澄がそう言うんだったら、あたしはそれでいいけど……」

「じゃあ決まりね。これでこの話はおしまいよ。いいわね、祥子」

「はーい」


澄はどぎまぎする心をまるで抑えられないようですが、祥子は、一人ほくそ笑んでいます。


「うまくことが運んだわ。あたしは、澄が大好きだし、明との関係は、所詮うわべだけの物よ。でも、明と秀君の二人を見るのは、大好きなのよねえ。例の場所で、人目を気にせずに仲睦なかむつまじくしているところももちろんだし、人目があるところで、頑張って自分たちの、ケダモノのような欲望をひた隠しにしながら、何とか普通でいようとしているところもゾクゾクするわ。澄と二人きりになるのも悪くないけど、明と秀君も鑑賞していたいし。かと言って、澄と二人でいるのに、明と秀君を呼んで四人になるのも不自然だし。困っていたところに、あのチンピラさんが出てきてくれて、結果的には、あたしの思う壺になってくれたわ。まあ、女の子の格好をして、恥ずかしがる明に襲いかかる秀君、と言うのも、それはそれで見て見たい気もするけれど、ま、後のお楽しみということにしよう」


祥子はなかなかどうして、外見に反する人の悪い性格をしているようです

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