今後とも、よろしく

@araki

第1話

 窓の外は溢れんばかりの青空。今日一日は雲の一つもできやしないだろうと確信させてくれる、そんな安心感のある空模様だった。

 遠くからは生徒の歓声が聞こえてくる。そういえば、校庭の桜で花見をするという話が持ち上がっていた。クラスメイトたちは皆、そっちに向かったのだろう。

 ――どうりで静かなわけだ。

 誰もいない教室は海の中のようだ。聞こえてくる音の何もかもを薄膜で包み込んでくれる。

 こんな季節は机の温もりがちょうど良い。頬から伝わる暖かさが眠気を誘ってくる。その心地よい誘惑に身を任せようと、ゆっくり目蓋を閉じた。

「ちょっと」

 頭に鈍い痛みが走る。身体を起こせば、僕の傍に一人の女生徒が立っていた。持ち上げられた片手には藍色の卒業証書。どうやら僕はあれではたかれたらしい。

「なに?」

「なに、じゃない。なんでこんなとこで惰眠を貪ってんの?」

「今、眠ろうとしてたところなんだけどな」

「関係ない。というか、どうでもいい」

 彼女の眼は細い。いつもは丸いそれが、今は猫のように引き伸ばされている。彼女が憤っている証拠だ。

「もしかして花見に参加しないことを怒ってる? あれは自由参加だったはずだけど」

「あの空気でよくそんな風に思えるね。ある意味感心するわ」

「それはどうも。話は終わり?」

「嫌味だから。それと本題はまだ」

 彼女は前の席の椅子を引くと、僕と向かい合う形で座った。どうやら話は長くなりそうだ。

「今日が何の日か知ってる?」

「卒業式?」

「そう。高校生活も今日で終わり。で、訊きたいんだけどさ」

 僕に問いつめるような視線を向け、彼女は言った。

「あんたの友達は?」

 僕はしばらく考える。そして、人差し指をまっすぐ前に伸ばした。

 その指を彼女はすぐさま掴み、強引に曲げた。

「私は友達じゃない」

「そうだったね」

 僕は笑みを零しつつ、大人しく手を引っ込める。机の下で指をさすっていると、彼女は小さくため息をついた。

「高校になったら友達を作れって、あれほど言ったのに。結局誰とも仲良くならなかったじゃない」

「こっちは仲良くなる気があったんだけど」

「努力をしようよ。歩み寄る努力を」

 彼女はさらに大きなため息をつく。

 その後、薄い笑みを浮かべた。

「大学生活が思いやられるわ」

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