第231話 大人の怖さ


 そして数十分後……


 

 トモシゲは涼し気な顔で悠々とラインに言ってのける。


「どうしました? 早く射ってください」

 

 ラインの方はと言えば、汗だくで焦燥しきった顔になっていた。

 あれから、両者とも外すことなく試合が進んでいったのだが、十矢を射る頃にはラインが不安定になってきた。

 三十四矢目を放つラインを瞬が不安そうに見つめる。


「何で……」

「……この勝負はラインだけ命を賭けているんだ。失敗したら死ぬってなると人間は簡単なことも失敗するようになる」

 

 刀和が不安そうにラインの挙動を見つめる。


 

 正しい行動が取れず、間違ったことばかりしてしまう。

 

 よく、部下にプレッシャーばかり与えてミスを誘発させる上司がいるが、そう言った上司の下では人が育たないのはそう言った理由にある。


 そしてラインが狂ってきた理由はもうある。

 オトが冷や汗を垂らしてぼやく。


「あいつ……余裕ぶっこいて……数をこなせば先に疲れるのも当たり前。向こうは子供用の弓でやってるんだぞ?」

「……そんな……」


 それを聞いた瞬が凍り付く。

 当り前だが、使

 数をこなせばどちらが良いかは明白である。


 そして最後の理由を老練の戦士でもあるヱキトモがぼやく。


「しかもあいつは明らかに練習不足だ。優れた資質故に地道な鍛錬が少ない。。鍛錬に裏打ちされた自信が無いからな」


 本人にもサボっている自覚があるのだ。

 それ故に、いざというときの自信が持てない。

 ヱキトモはぼやく。


「あのトモシゲという者。使。恐らく地道に確実に当てる距離を作ったのだろう」


 遠くへ稀に当てる練習よりも、近くを確実に当てる練習の方が役に立つ。

 近づく努力をすればよいだけなのだ。

 トモシゲは自分の戦略に合わせた努力をきちんと行っていた。


 


 ヱキトモが苦虫を嚙み潰したような顔でぼやく。


「わしはあっさり勝って見せたが、あのツネヒラも中々の指し手だったぞ? あんな真似をしてる奴らだが、決して努力を怠っている訳ではない」


 見た目こそチンピラだが、彼らは彼らでやるべきことをしっかりやっていたのだ。

 それ故に「強い」のだ。


「あのバカはそれがわからなかった。あいつの負けじゃ」

「そんな……」

 

 ヱキトモの薄情な物言いに絶句する刀和。

 だが、近くにいるもう一人の老練の戦士ドーフがぼやいた。


「トワ殿。これが戦というものじゃ。万全の備えをして、常に強い気持ちで厳しく律していても負けて死ぬのが戦じゃ。まして軽く見て、甘い気持ちで戦いに行った者など帰った試しはござらん」

「・・・・・・・・・・・・・」


 その言葉に何も答えられずに黙り込む刀和。

 瞬もそれを聞いて絶句する。

 甘く見ていた気持ちは無いつもりだったが、それでも甘えがあったことに気付いて反省した。

 

(あたしも……まだまだ甘く考えていたのかも……)


 犯されそうになって怖さを自覚していたつもりだったが、それでも考えが甘かったと感じる瞬。

 だが、問題はそれを目の当たりにして手の打ちようがない状態になったラインである。


(……ちくしょう……)


 段々と手が震えてくる右手に焦りが焦りを呼ぶライン。


(手の震えが止まらねぇ……)


 目の前に見えてきた『負けたら腹切り』に恐怖するライン。


(こんなことで死にたくねぇよ!)


 必死で自分の震えを押さえようとするライン。

 だが、その時だった!


パス


 横にいるトモシゲが俵に矢を当てる。


「あんまり遅いんで先に射たせてもらいますよ」


 悠々と答えるトモシゲ。


(そんな……)


 これで「二連続命中しないと腹切り」が確定する。

 必死で気持ちを高めるライン。


(当てる! 当てる! 当てる! 絶対に当てるんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!)



 そう心に刻んで矢を放つライン。

 その時だった!


ビィン!


「!!!!!」


 矢弦がぶれてしまい、矢が不規則に揺れながら飛んでしまったのだ。

 ここは超軽重力なのですぐに矢は落ちない。

 だが、フラフラと進む矢が的に当たることもまずない。

 なのにラインは心の中で叫ぶ。


(当たってくれぇ!)


 ラインは完全に正常な判断を失っていた。

 そして現実は無情である。

 矢はふらふらとブレながら進んでいき……


パス


 不自然に地面に刺さった。


「あっ…………」


 絶望した顔になるライン。


「「「「腹切りけってぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」」」」


 カンム側がやんややんやの大騒ぎになる。

 一方、ラインは呆けた顔で地面に刺さった矢を見つめている。

 そんなラインにトモシゲは声を掛けた。


「武士に二言はありませんね?」


 そんなトモシゲの言葉がラインに重くのしかかった。


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