第232話 覚悟


 トモシゲは持っていた脇差をラインに渡す。


「どうぞ」

「・・・・・・・・・・」


 愕然としてふわりと座り込むライン。


(俺……死ぬの?……こんなところで?)


 起きたことが受け入れられないライン。


「あなたが言ったことでしょう? 自分で言ったことが守れないんですか?」


 トモシゲが冷ややかな顔で蔑む。

 

「武士だろうが! 潔く腹切れや!」


 ツネヒラもチンピラ声で急かす。

 ラインは愕然として脇差を持とうとすらしない。


「その腰に差した脇差は飾りですか? 散々言っていた武士の誇りはとは何ですか?」


 何も答えられないラインにトモシゲは急かす。


「早く切れよぉ!」

「「「「「切ぃれ! 切ぃれ!」」」」」


 さらに大声で楽しそうに囃し立てるカンム側。

 ラインはボロボロと泣き始めた。


「……ひっく……」


 悔しそうに……怖そうに……恥も外聞もなく泣き始めた。

 それを見てさらには矢立てるカンム側。


「おいおい!こいつ泣き始めたぜぇ!」

「なっさけねぇ!」

「それでも武士かよ!」


 口々に笑うカンム側の武士たち。

 ラインは泣きながら謝った。


「……ごべんなさい……」

「……何ですか? 聞こえませんよ?」


 冷笑を顔に浮かべながらラインを見下すトモシゲ。

 ラインは泣きながら懇願した。


「……出来ないです……許してください……」


 それを見てぎゃはははと笑うカンム側。


「こいつ腹切りできねーんだってよ!」

「バカだなこいつ!」

「武士なら潔く腹切れよ!」

「「「「「切ぃれ! 切ぃれ!」」」」」

 

 さらに囃し立てるカンム側。

 トモシゲは涼し気に脇差を手に取り……それをラインの右手に持たせる。


「別に謝らなくてもいいですよ? 腹を切るんでしょ? 早くなさい」

「ごめんなさい! 出来ないです!」

「情けないひとですね」


 そう言って無理矢理脇差を持たせた後、トモシゲは後ろの仲間に言った。


「介錯の刀を用意なさい。首は私が切って進ぜよう」

「あいさぁ!」


 そうトモシゲが冷酷に言うと伴の者が慌てて刀を用意する。

 トモシゲはすらっと刀を抜いて構えた。


「さあ、早くなさい。切って差し上げますから」

「ああぅぅぅ……」


 ラインが絶望した顔でトモシゲを見上げる。

 だが、トモシゲの顔は少しも変らぬ冷徹な顔をしている。


「あ……あ……」


 完全に恐怖で顔を歪ませるライン。

 そのまま意識が遠のきそうになったその時……



『もう良いだろう?』



 ずん……


 ラインとトモシゲの間に大きな手が割り込んだ。


『もう許してあげてくれ』


 トーノはそう言ってラインを抱きかかえるように腕で囲いを作った。


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