第222話 院政


でやぁぁぁぁ


「うん?」


 夜中に響き渡る気合の入った声にツツカワ親王は不思議そうに外の方を見る。

 しとみ越しになにやら喧嘩の声が聞こえるのだが、よく聞くと瞬達の声だった。


(まあ、あの三人が同じ場所に居ればそうなるか……)


 ヱキトモより「シラツユがトワに懸想しているみたいだ」と聞いていたので、何となくそうなるのではないかと感じていたが、晶霊と別々に居るこの状態であれば大ごとにはならんだろうと放置することに決める。


「あの子ったら……」


 ツツカワ親王と一緒にいるボブカットの糸目美女も困り顔である。

 ツツカワが苦笑する。


「お気づきですか?」

「うちのムーがご迷惑をかけているようで申し訳ありません」


 そう言ってぺこりと頭を下げるジュニ。


 ここは国府の中でも密談を行う部屋でこの場には幹部たちが集まっている。

 ウス上皇、ツツカワ親王は勿論のこと、モチナガ、ドーフなどの二人の皇族も主要な部下も居る。

 一応、オトもこの場に居るのだが、それには理由がある。

 頭を下げたジュニにオトが訝し気に尋ねる。


「その謝罪は何に対してですか?」


 真剣なまなざしでジュニを睨むオト。

 だが、ジュニはそれを涼し気な顔で流す。


「勿論、色んな意味です。今やっている痴話げんかもそうですし、西海での一件もありますし、ここ南海で起きた事件もです」

「……西海のヒムカに先ほどのムー殿が居た理由についてお聞かせ願えませんか?」


 オトが疑わし気に尋ねるがジュニは涼しい顔をしている。


「我が姉と共にウマカイ殿に自重をお願いしに行ったのでございます。どうも反乱の兆しがあると聞いていたので」

「へぇ……? もっと近い西海太宰府に居た私どもですら気付かなかったのに?」

「はい。その通りでございます。存外、近くにいる方が気付かない事も多いものです」


 オトの鋭い質問にいけしゃあしゃあと答えるジュニ。

 顔に微塵のブレも見えない。

 だが、少しだけ自嘲気味に笑うジュニ。


「とは言っても偶然だったんですけどね。たまたまそれに気づいた部下が私どもに伝令を飛ばしただけでして……」

「たまたま?」

「ええ。私どもは知りませんでしたが、何やら西海太宰府に左遷された貴人が居るらしく、それを監視するために人をよこしていたのが幸いでした」

「・・・・・・・・」


 これを聞いてウス上皇が少しだけ眉を顰める。

 西海に左遷されたドームはウス上皇が讒言を鵜呑みにしたゆえの出来事だ。

 オトは心の中で舌打ちをする。


(ここを攻めるとドーム殿の話を持ち出すつもりか……)


 ドームの左遷はウス上皇最大の失敗である。

 話をデリケートにすることで攻めさせない目論見である。


(いやらしい戦い方をする奴だ)


 オトはますます警戒心を高める。


「我らはエーエン親王との御縁がございます。同腹のツツカワ親王にご迷惑がかかるとなれば捨て置けませんので、慌てて止めに行った次第でございます」

「……じゃあ、あの場で私たちを襲った理由は何?」

「ムーによるとヨミ殿に懸想したミナが居てもたっても居られなくなって暴走したと聞いております。この点に関しては真に申し訳ありません」


 そう言ってふわりと頭を下げるジュニ。

 するとウス上皇がぽつりと呟く。


「トサ国で暴れていたあのサンメヤズラとか言う化け物は一体なんだ?」

「……えっ?」


 ジュニが突然きょとんとした。

 そして慌てた様子で尋ねる。


「あの……サンメヤズラというのは一体?」


 不思議そうな顔になった……というよりも明らかに狼狽した顔になったジュニに全員が訝し気な顔になる。


「ヨミが言っていたのだ。トサ国で暴れていたのはサンメヤズラという名前だと。あの化け物と共にお前たちが現れたと聞いている」


 ツツカワ親王も強い口調で言うのだが、ジュニは狼狽した。


(ど、どういうこと? の?)


 だが、そこは百戦錬磨のジュニのやることである。

 咄嗟に口から出まかせを出した。


「サンメヤズラというのはわかりませんが、うちの者が迷惑をかけたのは別件でございます」

「……別件?」


 訝しそうな顔になるドーフ。


「その……うちの姉たちが『ムーに相応しい男なのか確かめてやる!』と言って仕掛けたみたいですので、タイミングがあっただけかと……申し訳ありませんでした!」


 そう言って平謝りするジュニ。

 すると、モチナガがジュニをかばうように前に出た。


「陛下。お気持ちはわかりますが、ひとまずジュニ殿の言い分を確認しては如何でしょうか? ジュニ殿も決してウス陛下に悪心を持ってきたわけではありませんので」 

「ふむ……」


 ウス上皇も少しだけ考えてから尋ねた。


「そなたの目的は何だ?」

「ありがとうございます!」


 その言葉にジュニは感激したように平伏した。

 平伏しながらもジュニは心の中でぼやく。


(こいつらちょろいわぁ……)


 全く悪いとも思わないジュニであった。


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