第218話 礼儀作法


「ウス殿。彼らは我々に喧嘩を売ってきたのですよ? この非礼は如何に治めるのか教えていただきたい」


 慇懃にウス上皇に尋ねるトモシゲ。

 すると、ウス上皇は平然と答えた。


「上皇に『陛下』を付けずに『殿』と言う貴殿の非礼の方が問題だぞ?」

「これは手痛い。されど、上下の礼儀にこだわる席ではありませんでしょう?」

「だったら、礼を失した所で何の問題もあるまい? 相手にだけ礼を求めるのは貴人の振舞いとは言わん。あなたの礼儀は全然なっていないので、まずは自分が完璧な礼を学んでからにしなさい」

「・・・・・・・・・・・」


 言われて鼻白むトモシゲ。

 礼儀作法を守っているつもりでもこんなものである。

 特にウス上皇は都で最高の貴人の一人であり、礼儀作法に完璧を求められる神皇を経験している。

 すると今度はツネヒラが前に出る。


「おうおう。言うてくれますのぅ。わしらの礼儀の何がいけないのかお尋ねしたいもんですのぅ」

「全部だ。良いところが一つもない。直す気があるなら一から教えて差し上げるが?」

「・・・・・・・・・・・・・」


 バッサリと切り捨てるウス上皇の言葉にツネヒラが一瞬黙ってしまうがすぐに言い返す。


「だったら、あいつらの礼儀は許されるんですかいのぅ? あの失礼なクソガキの態度は良いんですかい?」

「ふむ……ではこうしよう。明日、力比べをしてみてはどうだ?」

「……力比べ?」


 ウス上皇の言葉にツツカワが訝し気にぼやく。


「互いに相手が悪いと譲らないなら、試合で決めようでは無いか。どっちが正しいか拳で決めよと言っているのだよ」

 

 それを聞いて全員がきょとんとする。

 ウス上皇の性格からして拳という言葉は珍しい。


「そちらの二人とヱキトモ、ラインの二人が勝負すると良い。負けた方が謝るのだ。それなら文句はあるまい」


 それを聞いて全員の動きが止まった。

 ライン達としても一発殴りたいが、そうやって戦を始めるわけにはいかない。

 そしてトモシゲ達としてもこれは微妙な対応である。


(あのガキを起点に戦を仕掛けたかったのに!)


 今までの行為は挑発でラインに攻撃させて、そのままの流れで戦に入るつもりだった。

 だが、試合で決着と言われたら答えるしかない。


(いや、まだだ! もはやこっちから攻撃してでも戦の口実をつくる!)


 そう考えてトモシゲがツネヒラに目配せしようとしたその時だった。


「トモシゲ様。我が父も戦は望んでおりません。ここは試合で決着をつけていただけませんか?」


 声を聞いて全員がそちらに振りむいた。

 柔和な笑顔を湛えた糸目の貴婦人と金髪の寡黙な巨乳美人がふわふわと泳いできたのだ。

 二人の前には神経質な顔のモチナガが居た。


 金髪巨乳美人の顔を見て顔を引きつらせる刀和。


「クラゲ晶霊の人……」


 ヨミを圧倒したクラゲ晶霊の相棒のムーが糸目の貴婦人と共にやってきたのだ。

 その顔をみて怪訝そうな顔になるウス上皇とツツカワ親王。

 ツツカワが最初に尋ねた。


「あなたは?」

「ジュニ=ミドーと申します。こちらは私の姉でムー=ミドー。お見知りおきお願い申し上げます」


 そう言って優雅に礼をするジュニと突っ立ったまんまのムー。

 と言うよりもそのまま刀和にかぶりつきそうな雰囲気を醸したまま、黙って立っている。


 それを見たトモシゲは目を見開いた。


(何故こいつらがここに!)


 ミドー家の姉妹が現れたことで冷や汗を流し始めるトモシゲ。

 そんなトモシゲの様子を尻目にジュニは言った。


「我が姉である水江宮ハミ妃殿下はウス上皇との末永い交友を望んでおります。またダクモリ=カンム様とも末永い友好を望んでおります。その双方が角を突き合わせることを望んでおりませぬ」


 そう言って双方に優雅に礼をするジュニ。

 その様子を見てトモシゲが鼻白む。


(……今はミドー家と敵対するわけにはいかぬ!)


 カンム家は覇権を狙っているのは事実だが、今はミドー家との協力関係の維持が重要だ。

 今のカンム家ではとても覇権を狙える状況ではない。


(悔しいがセーワ家を倒すまではミドー家の力が必要だ……)


 カンム家は西国のど真ん中である山陽での覇権を制しており、大きな勢力を持っている。

 だが、一方で東国の方には全然力が伸びていない。


(今度の戦いでセーワ家を叩いて東国での荘園シマを増やさねば無理だ)


 頭の中で算盤をはじきまくるトモシゲ。


 荘園とは貴族の私有領地で、税さえ払えば自由に使って良い土地である。

 元々は郡司の領地だったものを、郡司の処罰等で空いた土地を褒美に挙げた土地で、私有財産に当たる。

 西海太宰のツツカワも反乱を起こしたイワイの領地と元から持っていた畿内の領地の二つから私有財産を作っており、そこから刀和達直臣のお給料が出ている。

 

 カンム家は山陰の郡司達をことごとく打ち倒してその領地を奪ってきており、それを「シマ(縄張り)」と称している。


 要は荘園が多い方が財産も多く、権勢も凄いのである。

 だが、その


(東山のどこにそれだけの財産が生まれる余地があったのやら……)


 トモシゲもそこが気になってはいたが、今は考える時ではない。


「ここは穏便に試合で決着を付けていただけませんか?」

「……良いでしょう」


 ジュニの言葉に渋々トモシゲはうなずいた。

 そしてトモシゲは静かに尋ねる。


「しかし、どうします? どんな内容で戦いますか?」

「ふむ……」


 ウス上皇も思案するのだが、今一つ良い方法が思い浮かばない。

 するとヱキトモが言った。


「互いに相対してから決めようでは無いか。わしとそこのチンピラがやろう。貴様はこっちのガキとやるがよい」


 そう言って仏頂面のラインの襟首を取って前へと出すヱキトモ。

 それを見てトモシゲが言った。


「ですが、一勝一敗で終わったら延長戦はどうします?」

「そこはほれ。都合の良いことにもう一人セーワ家の者がおる」


 そう言って端正な顔立ちをしたシャナオを指さすヱキトモ。


「三対三ならそれもあるまい」

「なるほど……」


 それを見てトモシゲがうなずいた。


「良いでしょう。コレアツ。出てくれますね?」

「もちろんです!」


 シャナオと同様に綺麗な顔立ちをしたコレアツがウッキウキの顔で答える。

 そんなコレアツの顔に対するシャナオは顔面蒼白だ。

 ウス上皇が宣言する。


「では明朝、三人が試合をして白黒はっきりつけよ。ただし、決して命の取り合いをしてはならぬ。わかったな?」

「…………いいでしょう」

「陛下の望むままに」


 トモシゲとヱキトモがそれぞれうなずく。

 ウス上皇は少しだけ訝しげにトモシゲにだけ言った。


「トモシゲ殿。武士に二言はあるまいな? 命の取り合いはしてはならぬぞ?」

「……もちろんですよ」


 ウス上皇の言葉に苦々しく答えるトモシゲ。

 そしてあえてヱキトモへと向き直る。


「では明日。決着を付けさせていただきましょう」

「望むところだ」


 そう言ってトモシゲとヱキトモは睨み合った。

 

「・・・・・・・・・・・」


 ラインはヱキトモに首を捕まえられながら黙ってそれを見ていた。


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