第196話 老従の憂い

「如何ですかな? ヱキトモ殿?」

「三者三様で中々面白いな」


 ツツカワ親王の最古参の直臣であるドーフの言葉にヱキトモは苦笑する。


「ツツカワ様より、彼らの指南をお願いされましたが、非常に難しくて……ヱキトモ殿には感謝します」

「確かに教えにくい相手ですな」


 ドーフの言葉に苦笑いするヱキトモ。


「我が相棒シュンテンはヨミとトーノに勝てなかった。相棒自体はあちらの方が強いと思われますからな」


 よくあるパターンとして「強い人に倣えば強くなる」と言われているが、現実にはそうでもない。

 ちゃんと真似が出来て尚且つタイプが同じじゃないと難しいのだ。

 どちらかと言えば器用貧乏なタイプの方が教えやすい。


 実はシュンテンは怪力ばかりが噂が目立つが、意外にバランスの良いタイプだった。


「努力はするが筋が悪いトワ、努力はせんが筋が良いライン、努力もするし筋も良いシュン。どれが良いかは判断が難しいな」

「その分析ではシュンが一番良いように感じますが?」


 ドーフの言葉にヱキトモは苦笑する。


「そうとも限らんぞ? シュンは秀才肌で、奇襲や不意打ちに弱いタイプだ」

「なるほど……そういえばリューグの一件もそれが原因でやられたと聞きますな」


 瞬は良くも悪くも「正統派」なので絡め手に弱い。

 特に相棒のアカシ自体も絡め手に弱いので、そこが大きくマイナスになっている。


「シュンはアカシとの相性が最高だったと聞きましたぞ。考えが合いやすかったと言えば聞こえは良いが、言い換えると『考え方が同じ』ですからな。長所も倍ですが短所も倍になる」

「『バランスが良い』に特化し過ぎているということですか?」

「そういうことです」


 馬鹿馬鹿しい言葉遊びではあるが、こういうことが起きるのも人間なのだ。


「晶霊も含めて考えるとトワとラインの方が良い。正反対のタイプだからな」

「なるほど……」


 ドーフが苦笑するのも無理からぬことで、ヨミは絡め手特化のタイプだが、刀和は真面目で愚直だ。

 双方の悪い部分を補っていると言える。

 一方でラインは天才肌でトーノは秀才型なのでこちらもバランスが良い。

 しかし、ヱキトモは思案する。


「ただ……不思議とトワが一番良いように感じるな」

「……あの子がですか?」


 ドーフは不思議そうに思案する。

 確かに悪い子では無いし、真面目に努力するとは言え、あまり筋が良いようには感じない。

 そんなドーフの顔を見たのかヱキトモも不思議そうに髭を撫でる。


「どうも本番に強いタイプらしい。周りの話を聞くと、いざというときの彼は一番肝が太い」

「はぁ……」


 どうにもイメージが湧かないドーフは、目元に皴が刻まれた老眼をこすって刀和を見るのだが……


「おっとと……」


 手から竹刀をすっぽ抜けさせる刀和とみて、やはり良い様には見えない。

 だが、ヱキトモは苦笑した。 


「戦は結果が全てですぞ? 訓練では並ぶ者の無い鮫も、戦に出た途端に鰯になる者も多い。トワは鰯に見えますが、戦になればおかみをもしのぐ働きを見せますぞ?」

「なるほど……」


 ヱキトモの鋭い人物眼を聞いて納得するドーフ。

 ちなみにこの世界では龗(おかみ)は伝説の龍を意味する。

 ドーフは三人の練習を見て寂しい顔になる。


「ツツカワ様が幼少の頃より支えてきたが、この老いぼれもそろそろやめる時が来たのかもしれん……」

「ドーフ殿?」


 寂しそうなドーフの言葉にヱキトモが少しだけ訝し気な顔になる。


「若者が育ってきておる。これ以上の口出しは老害となるのかもしれんと思いはじめましてな」


 不思議そうにするヱキトモにドーフが言葉を紡ぐ。


「同じようなことをオト殿が言っておった。『トワは本当は凄い奴だ』とね。わしはそんなはずがないと高をくくっておったが、どうやら人を見る目も衰えてきたようだ……」

「ドーフ殿……」


 老臣の気弱な顔をヱキトモが悲しい目で見つめる。


「子や孫もすでに独立しとる。老いぼれがそろそろ隠居するときが来とるのかもな……」


 どんなに頑張っても人は老いる。

 思考も鈍くなり、考えも固くなりがちである。


 だが、どんなに固くなっても、それに世の中は合わせてくれない。

 

 柔軟に対応できなくなっていたことはドーフ自身も自覚していた。


「ヱキトモ殿。指導を引き受けていただいて感謝します。私では身が重い故に悩んでおりました」

「なぁに。あいつらと遊んでるような物だ。わしも楽しいから構わんよ」


 そう言ってヱキトモはニカっと笑った。


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