第185話 理由ある反抗

 今は昔


 竹取の翁が居たという話では無いが、月海の蟹兎ライパンの地には皇都ヤオエがある。

 皇都ヤオエが何かと言われれば、それはヨルノース皇国の最大の都にして神皇陛下がお住まいになる首都でもある。

 もっとも、首都とは近代の概念になるので、一概に首都と言って良い物か物議をかもすが、要は神皇のおひざ元で天下の中心地でもある。


 皇都ヤオエは綺麗な長方形の形をしており、その周りには晶霊たちの住まう曲輪があり、皇都を守る土塁が高く聳え立っている。

 南北を分ける大きな「月相筋」があり、月相筋より北側が天子の住まう朝廷があり、その両脇には貴族たちが住まうエリアがあり、南側が庶民の住まうエリアになる。

 

 そうなると起きるのが「住んでる場所による格付け」であり、朝廷に近ければ近いほど格が上となり、立場が偉くなる。

 また、「大通りに近い」「距離は同じでも北の方が良い」「左より右の方が上」「距離は近くても古い方が上」などの色んな格の違いも出て色々複雑になるのだが、要は品川ナンバーのような序列があるのだ。


 大雑把に言うと帝と摂家が住まう『中央』が一番偉く、その次にその西にある『右近』と東にある『左近』。

 次に庶民の住まう『右京』『左京』となり、最後に曲輪の外にある同じ都の『農村』になる。

 

 事件が起きたのは『左近』の『月相筋』に隣接する大きな屋敷で起きた。


「やってられるかよ!」

 

 屋敷から聞こえた怒号に外の月相筋を歩いていた人々が思わずそちらの方を見る。

 その後も怒号が聞こえるのだが、何を言っているのかわからない。

 人々が不思議そうに声を上げる。


「このお屋敷は確か……」

「元鎮守府将軍ミツヨリ=セーワ様のお屋敷だな……」

「あー……あの武士の癖に摂家に媚び売って財を成したという……」

「大将軍の座も金で買ったとかいう……」


 口々に陰口を叩く人々。

 月相筋を歩いていた晶霊たちはその言葉に眉を顰めるのだが、ついつい中を覗いてしまう。

 そして、その内の一人がぼやいた。


『親子喧嘩のようだな』


 それを聞いて人々が苦笑いした。


「あー……あのうつけの龗子おかみご……」

「悪い仲間と一緒に日がな乱暴ばかりしてるって言う……」


 そう言ってさらに陰口をぼやく人々。


「父親は武士の癖に摂家にへつらっているのにねぇ……」

「まさしく『鰯親よわじ龗子おかみごを生む』だな……」


 大人たちがぼそぼそと呟く。

 それを聞いていた子供が近くの大人に尋ねる。


「ねえねえ。鰯親よわじとか龗子おかみごってなーに?」

鰯親よわじって言うのは軟弱なダメな親のことで、龗子おかみごってのは強いけど暴れん坊の子供のことだよ。あんな迷惑かけるお兄ちゃんになっちゃだめだよ?」

「はーい!」


 大人の言葉に元気よく答える子供。

 その間にも屋敷からの怒号は止まらない。


「……そんな真似をしてるから!」

「……オヤジだって腐った……」


 どうやら説教を食らっているようでみんな興味津々で見ている。

 すると、屋敷から強そうな晶霊がのそりと顔を出す。


『盗み聞きは良くないな』

『はっ! 失礼しました!』


 そう言って晶霊たちはあっという間に散り、人々も慌てて去る。

 当の元鎮守府将軍トーノ=カマクラが顔を出したのだから、流石に気まずそうにそそくさと逃げ出し始める。

 そうこうする内に屋敷の方で動きがあった。


バガァン!


 しとみを破って一人の少年が庭へ飛び出てきた!

 顔には殴られた跡がついており、唾や血が周りに飛び散る。


「貴様なんぞ勘当じゃ!」


 そう言ってのそりとでっぷりと太った体格の良いおじさんが屋敷の中から現れる。

 この屋敷の主であるミツヨリ=セーワである。


「いいよ! こんな家は俺から出てってやる!」

「ああ、さっさと出ていけ!」


 そう言って叫ぶミツヨリ。

 すると、二人の間に大きな手が割り込む。


『まあまあ、落ち着けミツヨリ』


 そう言ってミツヨリ=セーワの相棒にして最大の友であるトーノ=カマクラが止めに入る。


「トーノ! こんな馬鹿を庇う必要は無い!」

『まあ、落ち着けと言うに……何があった?』

「このバカはまたしても相棒のせいにして相棒を解消しおった!」

「うるせぇ! あれはあっちが悪いんだよ!」


 そう叫んで抗議するのはミツヨリ=セーワの息子のライン=セーワ。

 トーノは困った顔でラインを介抱する髭のお兄さんサダカゲに尋ねる。


『何があった?』

「若と相棒の晶霊が喧嘩してしまって……」

『なるほどな……』


 苦笑してトーノが髭を撫でる。

 サダカゲがこまった顔になる。


「このままでは若は相棒すら持てない武士となってしまいます……トーノ様。何とかなりませんか?」

『そうだなぁ……』


 トーノも髭を撫でながら思案する。

 だが、お父さんのミツヨリは怒り心頭である。


「そんなに武士になりたくないのなら出ていけ!」

「ちげーよ! 相棒が弱すぎてダメなだけだ! 俺についてこれねーんだよ!」


 そう言って父に噛みつくライン。

 その様子を見て苦笑したトーノは言った。


『ふむ……ではこうしよう。次の相棒からも見捨てられたら、家を出ればいい。もう一回だけ試しても悪くはないだろう?』


 それを聞いて眉を顰めるミツヨリ。


「それは無理じゃ! こやつの腐った根性では誰が相手でも務まらん!」

「腐ってんのはオヤジの方じゃねーか!」


 父親の言葉に叫ぶライン。


「武士の癖に摂家に媚びへつらって道義より金や権力を求める! そんな真似が腐ってねぇのかよ!」

「・・・・・・・・・・・・・」


 ミツヨリが心底冷たい目でラインを睨んだ。

 サダカゲが慌てて前に出て土下座する。


「御屋形様お許しください! 若は……「もうよい!」御屋形様!」 


 サダカゲの弁明を聞かずにミツヨリが叫んだ。


「こやつは勘当じゃ! どこへとなり行け!」


 ミツヨリがそう叫んだその時だった!


『まあ待て。相棒のあてはあるだろ?』

「そんなもんは無い! 近隣の晶霊は全て当たった! もはやコイツに相棒はいない!」

『いや……居るぞ?』


 そう言ってトーノは自分の胸をかるく叩く。


『ここにな……』

「トーノ?」


 それを聞いてキョトンとするミツヨリ。

 トーノは苦笑して言った。


『ミツヨリももう年だ。鎮守府将軍も引退して文官としての仕事も多い。それも良いのだが、ワシはもう少し暴れたい』

「むむむむ……」


 それを言われて困り顔になるミツヨリ。

 出世したのは良いが、仕事の大部分が文官となっているのがミツヨリである。

 ミツヨリは武官としてはもはや盛りを過ぎて引退になるところだが、文官としてはこれからである。


『ミツヨリはこれから文官としてやっていくことになるだろうし、お前ならやっていけるだろう。だが、そうなると俺は余ってしまう』

「うむ……」


 困り顔でトーノの言葉にうなずくミツヨリ。

 実はこういったことも往々にしてあるのがこの世界である。

 酷い場合は功績を挙げたのは良いが、それっきり、人間の方が出世して晶霊はそのまま引退と言うのも多い。


『ちょうどよいでは無いか。俺はラインの相棒になろう。それでだめなら今度こそ勘当だ。それならどうだ?』

「……勝手にせい!」


 そう言ってくるっと後ろを向いて部屋に引っ込むミツヨリ。

 それと対照的にきょとんとしているライン。


「あ……えっ……?」


 不思議そうにしているラインにトーノはにっこりと笑った。


『これからよろしく』


 茶目っ気たっぷりに笑ったその笑顔にラインは泣きそうになった。



用語説明


鰯親


 「よわじ」と呼ぶ。

 鰯のように弱気で意見が言えない親のことを指す。

 ちなみに作者の造語である。


 龗子


 「おかみご」と呼ぶ。

 龍のように強いけど親の意見を聞かないやんちゃな暴れ者の子供を指す。

 こちらも作者の造語である。

 ちなみに龗は龍の古語である。


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