第181話 想いはそれぞれ


 一方その頃……


 イヨ国の国都ではウス上皇の寝室にて、ローリエが鏡の前でにらめっこをしていた。


「むぅ」


 頬を膨らませて見せるローリエ。


「くぬ」


 ひょっとこみたいな顔をするローリエ。


「しっ」


 顔を顰めて見せるローリエ。

 すると、書物を読みながらごろ寝をしていた上皇が不思議そうに尋ねる。


「何をしているのだローリエ?」

「変顔の練習」

「・・・・・・・・・・・」


 色々と何かを言いたくなる上皇。

 その必要あるの?とか上皇の后がそんなことやるなとか色々言いたくなる。

 だが、それを言う前にふふっと笑う。


(そう言うものではないな)


 必要性があるかないかと言われれば一切無いだろう。

 だが、必要なことだけをやる人生もつまらないのだ。


(……思えば都では『必要なことだけ』に縛られたつまらない人生だったな)


 確かにウス上皇は英断な改革をした名君と呼ばれているだろう。

 だが、その杓子定規な対応が最終的に追い出されるところまで来た。


(……この子のようになりたいな)


 天真爛漫を絵に描いたかのような娘の言い分に心を癒される上皇だが……


(・・・・・・)


 急に顔を顰めさせる。


「誰だ?」


 しとみの向こう側に気配を感じたので尋ねる。

 上皇は護身用の刀を手に取るのだが……


「私でございます」


 そう言ってしとみを開けて一人の男が入ってきた。

 鬼の面を被った男で壮年の男だ。

 衣冠束帯姿で優雅に入ってきたキイツを見て訝しむ上皇。

 ローリエがそれを見てきょとんとする。


「ねえねえ? 何で鬼の面被ってるの?」

「……えーと……」


 困り顔になる……と言っても鬼の面を被っているのでわからないのだが……キイツを不思議そうにじろじろ見るローリエ。

 この子は壊滅的に空気が読めないので平気でこういった真似をする。

 それを見て上皇がふふっと笑う。


「ローリエ。ちょっと外で涼んできなさい」

「……なんで?」

「……この人と二人きりで話したいんだ。だから少しだけ外に出ててくれないか?」

「いいよ♪」


 何故か上機嫌で答えてから蔀を開いて外に出るローリエ。

 それを見て苦笑するキイツ。


「中々個性的な娘ですな」

「可愛いだろう?」

「うちの娘も三歳ぐらいの頃はあんな感じでした」

「私の娘もだ」


 さらっと三歳児呼ばわりする二人。

 少しだけ笑ってから顔を引き締める上皇。

 そして二人とも正座になり、静かに向き合う。


「私を嘲笑いに来たのか?」

「そのような気持はございませぬ。ただ、ご挨拶に伺っただけでございます」


 そう言って頭を下げて礼をするキイツ。

 申し訳なさそうに上皇は首を少し垂れた。


「……私はタカツカサとコノエに唆されて、お前に悪いことをした。それ故にこの有様だ」

「そのようなことを思っておりませぬ。すべてはタカツカサとコノエがやったことでございます」


 必死で弁明するキイツだが、それをふふっと笑う上皇。


「もっとも、それ故にあの娘と出会えたのだから、悪いことばかりではない」

「それは……」


 何とも言えない声を出すキイツ。

 上皇が朗らかな笑みを浮かべて尋ねた。


「では何用でここに来た?」

「西海太宰ツツカワ親王のご支援をお願いに参りました」

「わかった。来るべき時が来たときは必ず支援しよう」


 二つ返事で答える上皇。

 あっさりとした返答にきょとんとするキイツ。


「陛下?」

「元よりそのつもりだ。それにお前がここに来た以上、断れるはずが無かろう」

「……ありがとうございます!」


 そう言って平伏するキイツ。

 そんなキイツに上皇は優しい笑みを浮かべて言った。


「任せなさい。『来るべき時が来た』時は必ず支援するから」

「……陛下?」


 少しだけ不安そうになり頭を上げるキイツ。

 何やら、自分が言った意味とは少しだけ違う意味に聞こえたのだ。


「……『来るべき時が来たら、必ずツツカワ親王を支援する』と言っているのだよ」

「へ、陛下? わたくしはそこまではお願いしていないのですが……」


 恐れおののくキイツ。

 明らかに違う意味で言っている。

 そして、望外の対応をしてくれると確約してくれているのだ。


「私はミドーを信用していない。恐らくはそこまで考えているはずだ」

「よ、よろしいのですか?」

「お前の頼みを断れるわけが無かろう?」

 

 そう言って笑う上皇。


「もう行け。あまりここに居るのはお前にとって良いことでは無いのだろう」

「……ありがとうございます」


 そう言って静かに立ち上がって蔀へ向かい、


パタン


 静かに出ていくキイツ。

 すると、すぐにそのしとみからローリエが現れた。


「おわった?」

「ああ、終わったよ。おいで」


 上皇に言われてふわりふわりと泳いで上皇の元へ向かうローリエ。

 そのローリエをぎゅっと抱きしめる上皇。


「外に出してすまなかったねローリエ」

「ううん。いいよ。ローリエはそんなこと気にしない♪」


 そう言ってスリスリするローリエ。

 そして上機嫌でこう言った。


「ローリエも大人だから。村長が出来るちゃんとした大人なんだよ? 褒めてほめて♪」

「……それを言うなら忖度だよ」

「いっけね。間違えちゃった♪」


 そう言ってペロッと舌を出すローリエに上皇はキスをした。


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