第166話 濡れ女


 びしょ濡れの女は何も言わずに焚火に当たっている。

 まあ、理由は明らかなので、全員が何も言わずに女の動向を見ている。

 最初に尋ねたのはヱキトモだった。


「お前さんは何やってたんだ?」

「川に落ちました……」

「……まあ、そんな風にしか見えんのだが……」


 微妙な受け答えに困るヱキトモ。

 ラインが刀和にひそひそ話す。


(なんだろ? 変な女だな)

(うん。ちょっと不気味だね……)


 女の髪が長くて濡れていることもあって怖さが倍増している。

 ぱっと見の印象は紅い服着た貞子だろう。


 紅い女性服を着ており、派手な印象を受けるのだが、見た目が陰気過ぎて台無しになっている。

 見るからに似合っていない。

 ヱキトモは困ったように尋ねる。


「あー……要は何で落ちたのかを聞いてんだがな?」

「川魚を捕ろうとして失敗しました」

「あー……なるほどな」


 言われて納得するヱキトモ。

 実はこの世界は「川魚」「海魚」「風魚」の三種類が居る。

 この内、風魚というのは空を泳いでいる魚で、肺を持っている魚である。

 だが、魚が全て空を泳ぐわけではない。

 海にも川にも魚が居る。


 当然ながら、その魚を捕る仕事もある。


「何でこんな夜更けに魚捕りしてたんだ?」


 ヱキトモが不思議そうに尋ねるが、女は無表情に答える。


「野宿していて、昼間に魚捕れなかったんです」

「……なるほどな」


 イチイチもっともであるが、聞きたいことが聞けないもどかしさを感じる全員。

 ラインが刀和にぼやく。

 

(しゃべりにくいなぁ……あの女……)

(なんていうか……コミュニケーション取りにくいね……)


 陰気な女と話すのも嫌になったのか、ヱキトモはそのまま話すのを止める。

 ラインがパンパンと手を叩いた。


「とりあえず、あのサンメヤズラの対策を考えよう。えーと……どこまで話したかな?」

「罠を仕掛けるって話」

「そうそう!罠を仕掛けるって話だけど、何か良い方法でもあんの?」

「一応……」

「マジで!」


 ラインが驚く。


「あの竹とかをこんな感じでしならせて……」


 そう言って罠の作り方を説明する刀和。

 

 内容自体は簡単な竹のしなりを利用した締め上げの罠である。

 輪っかの真ん中を通ったら輪っかが閉まって尚且つ、紐が繋がる仕掛け。

 それを大規模に変えただけであるが、獣には都合がいいだろう。


「竹を何本も束ねて引っ張らせればそれだけで大きな力になるはず……」

「確かに……」

「しかし、周りで風が大きく乱れるのではそれだけで勝手に作動しかねないのでは?」

「紐を切る手動式だとその辺の問題はクリアするよ? ここの紐をもっと伸ばして……」


 そう言って、地面に絵を描く刀和。

 描きながら心の中でぼやく刀和。


(英吾達と罠を作ってたのが役に立つとは……)


 一時期、動画サイトで見た罠が本当にかかるかどうかを確かめるためにみんなで山に色々仕掛けたりして遊んでいたのだ。

 

 そういった刀和の知識に全員がほぅとため息を漏らす。


「流石、トワ殿。上手い方法を考え付きますな」

「いえ……それほどでも……」


 そう言って刀和が恥ずかしがったその時だった。


「……トワ?」


 陰気な女性が初めて自分から声を出した。

 それを聞いて刀和がきょとんとする。


「どうしました?」

「あなたトワって言うのね?」

「そうですけど?」


 それを聞いて女性が袖を上げて刀和の方をじっと見る。

 そして不思議そうに首を傾げた。


「ひょっとして……最近太ったりした?」

「??? いえ、特に……昔からこんな感じですけど?」


 ちょっとだけムッとする刀和。

 流石に面と向かって初対面にデブと言ってくるのはイラッとする。


「あの? どうかされましたか?」


 ラインが不思議そうに尋ねると、女性は袖を下ろしてぽつりと漏らす。


「人違いでした。ごめんなさい」

「は、はぁ……別にいいですけど……」


 不思議な対応に困る刀和。

 とはいえ、女性自身もまだ首をひねっている。


(何だろう? 納得がいってないみたいだけど?)


 不思議そうにする一同。

 すると痺れを切らしたのかヱキトモが声を上げた。


「そろそろ着物が乾いたのではないか?」


 ヱキトモの言葉に女性はじぶんの着物を仰ぎ見る。


「そうですね。そろそろ失礼します。ありがとうございました」


 そう言うと、女性はふわりと跳び上がり、そのまま夜空を泳いでいった。

 女性の姿を見えなくなるまで観察してラインが首を傾げた。


「結局何だったんだあれ?」

「さあ?」


 一同が首を傾げて不思議そうにした。


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