第153話 皇妃ローリエ
それを聞くと嬉しそうにローリエはオトと話し始めた。
「ねえねえ! オトの髪型は何を参考にしたの? 」
「え? その……『都日記』を読んで……」
「やっぱり! 私も都日記読んでこの髪型にしたの!」
そう言って髪型の話を始めるローラと困惑しながらも答えるオト。
ちなみに都日記とは都での宮中行事の様子を描いた日記で、田舎貴族の女子には人気の読みものだ。
オトの服装も都で流行りの服を真似ているに過ぎない。
そんな様子をニコニコ笑顔で眺めるウス上皇。
「可愛いでしょう?」
「は、はあ……」
ツツカワはうなずくしかなかった。
(た、確かに可愛いが……バカ過ぎないか?)
よく言えば天真爛漫で、悪く言えばバカだろう。
人の価値は賢さだけで決まるものではないとは言え、仮にも神皇であった者の新しい妻に相応しいようには見えなかった。
(礼儀も教養も明らかに欠けているように見える……)
どうも、晶霊士ですら無いようで、女官……というよりは下女(女性使用人)に近い。
「あの子はサヌキ国の太宰府に勤める下流貴族の娘でな。晶霊士にもなれず、かといって教養も際立った才能も無く、あの通りゆえに周りから虐められた子でもあるんだ……」
少しだけ悲しい顔になるウス上皇と「でしょうね」と心の中でツッコミを入れるツツカワ。
「自分が虐められてるのに笑顔で笑って私に花をくれた。『怒った顔してちゃだめですよ』って言ってな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ツツカワはようやく何があったのか察した。
「私はここに来たとき、悔しくて悔しくて仕方が無かった。それこそ、ダイゴを怨み、タカツカサを怨み、コノエを怨んだ。毎日毎日……呪っておった……」
「・・・・・・・・・・・・・・」
その言葉にいたたまれなくなるツツカワ。
だが、ウス上皇は話を続ける。
「何年も連れ添った妻も私が退位すると用無しだと言わんばっかりに実家に帰った。子供たちは全員取り上げられ、臣籍降下され、さらに遠くの領地を与えられた……残ったのはモチナガとヱキトモだけだ」
三摂家に反旗を翻したウス上皇に彼らは一切の容赦をしなかった。
徹底的に叩き潰し、二度と立ち上がれないようにここまでやった。
モチナガとヱキトモはその生まれ故に追従出来ただけである。
「最初は私も苛立った。何度も何度もあの子に当たった……けど、あの子は毎日、私の為に花を持ってきてくれた……」
思い出すように目を閉じるウス上皇。
「私は聞いてみたんだ。『何でお前はそこまでやるのか? 』と。そしたらあの子は何て言ったと思う?」
「さあ?」
「こう言ったよ『私は辛い思いしたときは誰かに居てほしかったから、他の誰かが辛い思いしたときに居てあげたい』ってね」
「……そうだったんですか」
ようやくツツカワにも合点が言った。
上皇の荒んだ心を癒したのはあの少女だった。
「その日からだな。あの子と一緒にいる時間が何よりも楽しみになり……私は結婚を申し込んだ」
「なるほど……」
その言葉に目を閉じて反芻するツツカワ。
「あれこそが『無学の智』と呼ぶのであろうな。魔道に堕ちようとした私をあの子が人の道へと導いてくれた……あの子が居なければ私は反乱を起こしていたかもしれない……」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
そう言って慈しむような目で妃を見つめる上皇。
「……私は絶対に関わらんぞ。あの子を守るためにも、もう一切かかわらん! 都にもそう伝えておけ」
「しかし、伯父上。その言い訳が通用するとは……」
「何なら南海の太宰も何もかもをお前にやる。その代り私は太宰を退いて山奥に蟄居する。あの子が一緒ならどこでもいい」
「伯父上……」
蟄居とは、言わば軟禁状態で籠ることだ。
隠居とは言えない、いわば罪人に行うような対応である。
それでも良いから関わるなと言っているのだ。
「もうほっといてくれ」
ウス上皇の重い言葉にツツカワは何も言えなくなった。
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