第136話 都も良し悪し


 ツツカワ親王は窓を開けて、蝋燭の火を消した。

 同時に服を着直すモミジ。


「さてと。単刀直入に聞きますがモミジ殿は何故こちらに来たんですか? 」

「ツツカワ殿下に抱かれに来ました♪ 」


 陽気な声でいらっとする答えを返すモミジだが、ツツカワ親王は平然と答える。


「御冗談を。真面目にお答えいただけませんか? 」

「はぁい……」

(大人の対応だ! )


 流石の貫録を見せるツツカワ親王を尊敬のまなざしで見る刀和。

 するとモミジはにこやかに答えた。


「そろそろ戦争が始まるゆえにひと暴れしとうなりましたゆえ、殿下の下へはせ参じました」

「……えっ? 」


 刀和はキョトンとした。

 何となく裏で陰謀が動いてるような気がしたが、戦争が起きるとは思ってなかったのだ。

 ツツカワ親王は涼し気に答える。


「どこまでお知りに? 」

「知るも何も、朝廷ではもう公然の秘密どす。知らんのはもう間抜けな阿呆だけどす」

(……僕は阿呆の方なのか……)


 ちょっぴりショックを受ける刀和だが、そんなことを田舎で気付く方がおかしい。

 ツツカワ親王が苦笑して言った。


「トワよ。これから話すことは他言無用でお願いしたい」

「わかりました」


 ツツカワ親王が説明はこうだ。


 現神皇には15人子供が居るが、ツツカワ親王は9男である。

 随分子供が多いように感じるが、側室が居て当たり前なのでこれぐらいの人数になるのだ。


 そして、次期神皇には現東宮であるカンメイ親王がなる予定である。

 ところが……


「我が兄のエーエン親王が急速に勢力を増して東宮になろうと画策しているのだよ」

「我が兄……失礼ですがカンメイ殿下も兄なのでは? 」

「カンメイ殿下は異母兄弟だ。エーエン親王は私と母も同じなのだ」

「なるほど」


 色々とややこしいのである。

 だが、こういった「母親が違う」は色々と揉める原因にもなっている。

 

「特にカンメイ殿下の母親は皇后で私達の母は側室ゆえに色々と冷遇され続けていたのだよ」

「あー……」


 色々と複雑だが、それぐらいは刀和も分かる。


「カンメイの母親は政略結婚ゆえに父上は嫌っていた。我が母は元々父上の幼馴染ということもあって親しいのだから尚の事だな」


 要は『嫌われている本妻』と『好かれている愛人』の対決である。

 しかも、ツツカワの母の方が旧知で親しみのある間柄である。


 今上神皇たるダイゴ神皇は凡庸な人物でタカツカサ、コノエの言いなりになっている。

 だが、これは言い換えると「家庭以外やることが無い男」とも言える。

 そしてその家庭に居るのは自分を閑職に追いやった奴の娘と、昔から自分を知っていて相通じる間柄の娘。


 どちらを大事にするかは明白である。


 すると、刀和が不思議そうに尋ねる。 


「でもそれだと勝負にもならないのでは? 」

「カンメイの母親は名家の生まれだが母親は下民だ。それに対して我が母親は生粋の皇族だからな」

「えーと……」



 つまり、『形式上』ではカンメイの方がふさわしいのだが、『血筋上』はエーエンの方がふさわしいのだ。

 しかも肝心の神皇自身の心はエーエンの方に分がある。


「なんでそんな結果に? 」

「カンメイの母親はコノエ家当主の私生児なのだ。我が母と父がくっつきそうになったから先に結婚させたようなものだ」

「ほんに血筋がどうのと言う割には下が緩い連中どす……うちの事ばかり悪く言われるんは割に合いませんどす」


 モミジは嫌そうに扇をパタパタあおぐ。

 とは言え、貞操にうるさい連中など大概は『相手に』厳しいのであって、自分には緩いものである。

 モミジにしてみれば、自分を棚に上げた物言いだろう。


「ほんに面倒くさいことで。ほとほと嫌気がさしましたんえ……」

「……そっちが理由だったのですか? 」

「そうどす。こちらが良いではなく、あちらがめんどくさいんどす。それならナイシノスが好きなヨミのいる陣営の方が良いと思ったんどす」


 どうやら単に「都の生活がウザくなった」だけのようだ。

 モミジが眉をひそめてぼやく。


「あちらで寝たら『こっちにつけ』、こちらで寝たら「こっちにつけ」、そちらで寝たら「子供と寝るな」とうるさくてほとほと嫌気がさしたんどす」

「最後は自業自得と思いますが? というか何歳に手を出したんです? 」


 さらっと突っ込むツツカワ親王だが、モミジは扇をパタパタあおいで答える。


「入れ入れと言われますが、うちには入れる棒はついてまへん。せやから自分から入れてもらう方がよろしいと思いましてん。ちなみに18歳のうちより5つ下の13歳どす」

「……流石にそろそろ18歳を語るのは止めた方がよろしいのでは? それからその年齢の子に手を出すのは道義的に如何なものかと思いますよ?」


 この世界は早い子で12歳で結婚するが、それは必ずしも良いことではない。

 道義的には顔をしかめられるのだ。


「ヨルノース千年の歴史に比べれば些細な違いどす」

「それに比べれば些細ですが人間にしたら些細ではありません。だいぶ大きいですよ?」

(こっちにも18歳教が居るんだ……)


 口論する二人には、流石の刀和も眉を顰めたが今はそれどころではない。

 気を取り直して刀和が質問する。 


「ひょっとすると、このまま行くと……」

「確実に荒れるな。だから、私たちが向こうに行くことになったのだ」

「それには僕たちも行くんですね」

「もちろんだ」


 嫌な顔を少しする刀和だが、ここで「戦争反対」を唱える程愚かではない。

 

 よく「勇気を出して平和の声を出せ」と言われるがそれは『本当に命がけ』の行為なのだ。


(多分……断れば親王殿下は僕を殺す)


 刀和は親王の覚えは良いと思っているし、信頼関係もある。

 だが、それでも親王は『状況によっては斬る』人間なのだ。


 それが上に立つ者の務めでもあり……それをやらないと逆に全員が斬られることもある。

 上に立つ者は常に責任と隣り合わせなのだ。


 モミジはつまらなそうに答える。


「これでいいどすか? 早くトワはんと続きやらせて欲しいんどすが? 」

「遠慮します」

「じゃあ、ツツカワ殿下が代わりに……」

「お断りします」


 二人同時に断られるモミジ。

 顔を俯かせてプルプルと震える。


「ババアだからって馬鹿にすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!! 」


 モミジが裸で大暴れするのだが、二人とも全力で逃走してしまい、太宰府内を鬼ごっこする羽目になった。


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