第122話 断崖壁の邪竜伝説

 

 レオリスと言う世界がある。 


 地獄の大地ヴィルタを囲む輪っかのような月の事で、その内側が空洞になっている。

 その世界は海に近い無重力空間で人と晶霊が住まう大地である。


 かつて偉大なるリオル神が魔神と邪神の双方を打ち破り、手に入れた安息の地でもある。

 そんな月を断面にすると内部に空洞があり、人が住んでいるのは下半分だけ。

 上には『天氷河』という太陽の光を入れる氷しか無く、その周りも天氷の影響で雪と氷に覆われている。


 下の方は月の内部に近い事もあり、寒さが届かず、温暖で、年間を通じて変化が少ない理想的な土地になっており、そこにはこの世界では一つしかない『大網海』が網目のように流れている。


 一方で壁際は『断崖壁』と呼ばれて光が届き難く、農耕には不向きで狩猟や放牧で生計を立てている。

 そのため、どうしても裕福さは無く、比較的寂れている。


 さて、アオウナバラには昔から『北陸』と呼ばれる土地があり、その地に『九頭竜の谷』と呼ばれる断崖壁がある。

 この場合の谷とは壁に出来た深い切れ込みのことで数百年前から邪龍が住み始めたことからこの名前がついた。

 遊びに行った子供が食い殺されただの、狩人が食われただの、様々な噂が流れているが、実際に晶霊騎士が何名か邪龍退治に向かったのだが、ことごとくが返り討ちにあった。


 そんな九頭竜の谷に一人の男がイクトゥルに乗って向かっていた。

 まあ、邪竜が居たと言っても昔の話で、今は普通に村が出来ている。


 断崖壁に良くあるタイプの家で崖に穴を掘ってそこに住むやり方だ。

 男はイクトゥルに乗りながらも少しだけ不思議そうに首を傾げる。


(……はて?)


 村にはあるはずのものが無かった。

 不思議そうに辺りを見渡す男。


(変だな……何で無いんだ?)


 不思議そうにきょろきょろと辺りを見渡す男。

 すると訝しんだ村人の一人が近くへ寄って来て声を掛ける。


「どうしましたぁ?」

「あ、いえ、『アマラ』という人に手紙を持ってきたんですが?」

「アマラ様なら崖の上ですよ? ほら、あの家です!」


 村人が上を指さすとかなり上の方に戸が見えた。

 男は礼を言ってイクトゥルで上へと昇り始める。

 上へ向かいながら男はぼやいた。


「道理で防寒が必要なわけだぜ……」


 寒さにさえ気をつければ、無重力のこの世界は上に行くのはそう難しい事では無く、防寒をたっぷり着込んだ男は崖にある戸の前で止まる。


 男は戸の前にイクトゥルを繋ぐ。

 標高が高いので風に飛ばされないよう壁に捕まりながら戸を叩く。


 こんこん


 程なくして中から声が聞こえた。


「……だれだい?」


 中からしわがれた老婆の声が聞こえる。


「ヨミの使いの者です。この手紙を送るように言われてきました」

「……そうかい」


 ガチャリと音を立てて戸が開く。


 中から出て来たのは汚い老婆であった。


 70ぐらいだろうか?

 髪はぼさぼさで全く手入れされておらず、顔の皺も深い。

 だが一つだけ不思議な所があった。


(服だけはやたら綺麗だな?)


 老婆は身なりだけはやたら綺麗だった。

 それ故に顔や体がぼさぼさなのが不思議だった。

 老婆は手紙を受け取ると怪訝そうな顔で眉を顰める。


「封が切られているようだけど?」

「……途中で鯱に襲われた際に割ってしまいました。申し訳ない」


 そう言って申し訳なさそうに謝罪する男。

 老婆はしばらく、じっと睨んでいたがすぐに手紙の中身を見始める。

 すると、そのしょぼついた目が急にぎらりと光った。


(……気色悪い婆さんだ)


 老婆の様子に顔を顰める男。

 だが、老婆はそんな男の様子に一切気にせず爛々とした目で手紙を隅から隅まで読んだ。

 そして手紙をくしゃっと丸める。


「……これから準備して向かうと伝えてくれ」 

「……はい?」


 男が不思議そうに聞き返す。


「……聞こえなかったかい?これからそちらへ向かうと言ってるんだ」

「……は、はぁ……」


 不思議そうに頷く男。

 それを見てにやりと笑う老婆。


「『刀和の相棒になった。一緒に戦ってほしい』……そう書いてあるのにこの答えがおかしいというのかい?」

「……あう……」


 図星を刺され、言葉に詰まる男。


「まあ、あのショマダレ晶霊も今では最強の剣士だ。そんな奴の動向は気にしてしかるべきよなぁ……」


 にやにやと笑う老婆。

 男が先に手紙の中身を確認していたのはバレバレだったのだ。


「ひゃっひゃっひゃ! こんなババァが戦うなんておかしいとおもっただろう?」

「……あ……いえ……その……」


 しどろもどろになる男。

 男の胸に人差し指を突く老婆。

 すると男の顔が苦悶に歪む。


(なんだこの老婆!)


 指が身体にめり込みそうなほどの力が入っている。

 はっきり言って老婆の力では無い。

 老婆はひゃひゃひゃと笑う。


「あんたはただ、あたしの返答をヨミに伝えればいいんだよ。九頭竜の谷のアマラが行くと伝えればいいのさ」

「……あ……はい……」


 呆然として答える男。


「はやくお行き!もたもたしてると私に追い越されるよ!」

「うあああ!はい!」


 慌ててイクトゥルに乗って逃げる男。

 それ見て懐かしそうに目を閉じる老婆。


「……ようやくあのショマダレが立ちあがる時が来たか……」


 そう言ってぱんと自分の頬を叩く老婆。


「これから忙しくなるねぇ……」


 老婆は嬉しそうに笑った。


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