第123話 イメチェン


 西海太宰は忙しい。

 西海八州を治めるのだから当たり前である。

 今日も今日とて仕事に勤しむことになるのだが、今日の政務を終えてから、近侍のリューグ郡司アントを呼んで太宰府内の五重塔で相談を始めた。

 髪型を三方振り分けみずらに変えたツツカワ親王が竹筒に入ったお茶を飲んでから言った。


「南海太宰の様子がおかしいらしい」

 

 ツツカワ親王の言葉でアント郡司は冷や汗を垂らす。

 南海太宰ウス上皇は曰く付きの人物である。


 名前の通り、前神皇だった男だ。

 だが、宮廷内の暗闘に負けて、南海に追い出された人物でもある。

 心の中は怒りに震えているであろう。

 予想がついてはいたが、その確認の為に尋ねるアント。


「申し訳ありませんが……おかしいというのはどういう意味で? 」

「謀反の可能性があるかもしれんのだ」


 謀反と言う恐ろしい陰謀の話をさらっと言うツツカワ。

 恐る恐る尋ねるアント。


「それは……確証があってのことでしょうか? 」

「全くない」


 あっけらかんと答えるツツカワ親王。

 その言葉にほっとするアントだが、ツツカワはさらに言葉を紡ぐ。


「兄上からの連絡でな。様子を窺って欲しいとのことだ」


 そう言ってツツカワ親王はある手紙を見せる。


「そして、こちらは南海太宰からの手紙だ。イヨ国の復興の手伝いをして欲しいとのことだ」

「……先月のスミトの襲撃の件ですか? 」


 アント郡司が嫌な顔をする。

 西海で唯一被害を被ったリューグだからこそすぐにわかった。


「うむ、その通りだ。そして、そのスミトと南海太宰の繋がりに嫌疑が掛かっている」

「嫌疑……ですか? 」

「うむ」


 アント郡司の言葉にうなずくツツカワ親王。


「南海太宰はイヨ国の襲撃を故意に許したのではないかと言われているのだ」

「それは何故です? 」

「スミト討伐を再三、要求したにも関わらず放置していたからだ」


 むうっと唸るアント郡司。

 確かに討伐を放置したなら問題である。

 だが、そこにちょっと不自然さを感じるアント郡司。


(昨今は放置しているのが当たり前になっているではないか! )


 実際問題、地方へ送る国司や太宰の大半は真面目に政務を行わない。

 西海太宰が真面目に行い過ぎるのだ。

 それでずいぶん助かっているのだが、中央に賄賂を贈るだけで功臣扱いになる現状から考えれば、出さないぐらいで随分な言いようである。


 実はこの西海太宰もちゃんと『賄賂』を送っている。

 酷いように思われるが、この時代は『賄賂が少ない人物』を『清廉』と言うのだ。

 物語のように清廉潔白では為すべきことも為せないことも多い。


 ちなみに日本も昔は賄賂や汚職は当たり前だったのだが、野党による重箱の隅をつつくほどの汚職追及のおかげで綺麗になったという経歴がある。

 今では逆に細かくやり過ぎと言われるほどだが、何事も良し悪しなのである。


 ツツカワが苦笑する。


「そんな顔をするな。私にも現状はわかっている」

「はい……」


 少しだけ冷静さを取り戻すアント郡司。


ちゅー……


 ツツカワは傍に置かれた麦湯を竹のストローで飲んで、茶菓子の醍醐を頬張る。


「これは私の推測ではあるが、ウス様は貶められているのではないかと考えている」

「上皇陛下がですか? 」


 きな臭さに嫌な顔をするアント郡司。

 よくある政治の暗闘である。


「イヨ国の国司は三摂家以外の出自でな。イヨ国自体は裕福だから国司の後釜をタカツカサ家が狙っていた」

「それはまた……タカツカサと言えば……」

「うむ。上皇を退位させたタカツカサ家だ。そして上皇には今もタカツカサ、コノエの監視があり、身動きが取れないらしい。ついでに言えば太宰の仕事も実質タカツカサ家が取り仕切っている」

「つまり……」

「上皇の意志ではなく、タカツカサ家がイヨ国を見殺しにして後釜に自分達が入って、その罪を上皇に被って頂きたいようだ」

「……畜生獣心ですな……」


 渋い顔をするアント郡司だが、同時に彼らに恐怖した。


ここまでやるのである。


 その悪意しかない追及に二人は同時にため息をついた。

 

「私としては様々な薫陶を受けた伯父上を助けたいのだが……」

「それも難しいようですね……」


 アント郡司が唸るのも仕方がない。

 政争は迂闊に助ければ自分も被害に遭う。

 簡単に助けられないのだ。


「だからわたくしも少々テコ入れしようと思う」 

「……どうやってですか? 」

「幸い、こちらには晶霊将になったばかりの新人と歴戦の古強者が居る」

「まあ確かに……」


 アント郡司が渋い顔をする。

 長い間、相棒に恵まれなかったリューグのアカシがようやく相棒に恵まれて、すぐに晶霊将にまでなったのだ。

 とはいえ、彼からすると娘で上司であるオトよりも早く晶霊将になったのであまり気持ちのよい話ではない。

 そういった心の機微を察したのかツツカワ親王は笑う。


「心配するな。オト殿には私の軍師を務めてもらうことにした。これで釣り合いが取れるはずだ」

「軍師ですか……」


 言うなれば軍務を代わりに担うような仕事である。

 とはいえ、オトはやたら奔放な性格をしており、補佐という仕事がいささか向いていないように見える。

 不安そうなアントににっこり笑うツツカワ親王。


「中々可愛らしい娘ではないか。何を心配している? 」

「はぁ……そう言っていただけると幸いですが……」


 それを聞いて「うん?」と首を傾げるアント郡司。

 そんな不思議そうなアントを尻目にツツカワは笑った。


「あのような娘なら余も一緒に居て安心する。良い娘を持ったな」

「は、はぁ……」


 なんだかとっても不思議な言い分に戸惑いを隠せないアント郡司。

 何となく居心地悪さを感じて話を変えようと、アントが今まで気になったことを尋ねてみた。


「何で急にみずらに変えたんですか?」


 ツツカワ親王は今まで長い髪を後ろで束ねた程度の髪型だったのが、急にみずらに変わったのだ。


 みずらは簡単に言えばお下げみたいなもので、よく古墳時代に結っているあの髪型である。

 ツツカワ親王の三方振り分けみずらとはお下げ二つに後ろ髪を束ねた髪型で、ツツカワ親王は前のお下げをくるりと輪にしている。


 唐突なイメチェンに不思議そうなアントにツツカワは苦笑して答えた。


「もうすぐ都に戻るからな。皇族がみずらを結ってないとうるさいんだよ。伝統がどうのこうのと……全くめんどくさいしきたりだ……」


 ツツカワ親王の嫌そうな苦笑にアントも釣られて苦笑した。



用語説明


みずら


 飛鳥時代から平安時代まで結われていた髪型。

 ふと、髪型が気になったので調べてみたら、こうゆう髪型があったことを忘れていた。


 意外に色んなバリエーションがあって面白い。



 






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